中世スペインのアラビア語著述家、哲学者。ヨーロッパではアブバケルAbubacerともよばれる。グラナダ近くのワーディー・アーシュ(カディス)で生まれ、グラナダで医学、数学、哲学などを修めてから役職につき、のちに学者として名をなしてモロッコのアル・ムワッヒド朝宮廷に迎えられ、この地で没した。著作としては『ハイイ・イブン・ヤクザーン』(目覚める者の息子、生ける者)しか残っていないが、この作品は文学史および思想史の両面から高く評価されている。ハイイ・イブン・ヤクザーンというのは主人公の名で、幼くして孤島にひとり捨て置かれたが、アッラーの加護のもとに成育し、植物や動物についての知識を得、長ずるに及んで自然の摂理を知り、哲学的思索をするに至るという、一種の哲学的小説である。大哲学者イブン・シーナー(アビケンナ)に同名の小品があり、これを構成し直したものと考えられる。全体にイスラム神秘主義の色彩が感じられる。1349年にヘブライ語に訳されたといわれるが、中世ヨーロッパには知られていなかった。1671年にイギリスのエドワード・ポコックEdward Pocock(1604―1691)がラテン語に訳して広く読まれ、これをもとにヨーロッパの各国語に訳された。デフォーはこれを読んで『ロビンソン・クルーソー』の着想を得た。また成長小説的な内容から、ルソーの『エミール』ともしばしば対比される。
[矢島文夫 2016年10月19日]
西方イスラム世界の哲学者,医師。ラテン名はアブバケルAbubacer。グラナダ近郊に生まれマラケシュで没。長くムワッヒド朝のカリフ,アブー・ヤークーブ・ユースフに宮廷医師として仕え,1182年その職をイブン・ルシュドに譲って引退した。若干の医学書を残しているが,とくに哲学小説《ヤクザーンの子ハイHayy b.Yaqẓān》(〈覚めた者の息子,生きた者〉の意)の著者として有名。それは絶海の孤島で独力の思想的営為の末,哲学的英知を達成した老人と,無知な群衆が伝統的で因習的な宗教に満足しているのを嫌って,別の島から脱出してきた若者とが意気投合し,無知な群衆に真理を説き聞かせるため若者の島を訪れたが,そこでは2人の教えをめぐって不和と争いが起こり,2人は絶望して孤島に帰っていくというものである。キリスト教徒へのジハード(聖戦)と,ザーヒル派の法学とに圧殺されていた当時のムワッヒド朝下の哲学者の苦悩が,小説という形で吐露されたアラブ文学の傑作である。なお,弟子に天文学者のビトルージーがいる。
執筆者:松本 耿郎
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