日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘレネ」の意味・わかりやすい解説
ヘレネ
へれね
Helene
ギリシア神話でトロヤ戦争の原因となった絶世の美女。鵞鳥(がちょう)に化けたネメシス(天罰の女神)と白鳥に化けたゼウスが交わって生じた卵から生まれたとも、あるいはゼウスが白鳥の姿となってスパルタ王ティンダレオスの妻レダに通じて生ませたとも伝えられる。第二の説によれば、レダは神の血を引くヘレネとポリデウケス、人間の血を引くクリタイムネストラとカストルを生んだ。ヘレネは12歳のとき英雄テセウスにさらわれるが、このときは兄弟(カストルとポリデウケス)に救い出される。やがて彼女をめぐってギリシア中から求婚者が押し寄せるが、彼女は結局スパルタ王メネラオスの妻となる。そして娘ヘルミオネを生みながら、今度はトロヤの王子パリスに誘惑されてトロヤへ出奔する。トロヤ遠征は、こうして彼女を取り返すため、全ギリシアの英雄たちによって企てられた。激闘10年ののち、ついにトロヤが陥落すると、メネラオスは戦争の元凶であるヘレネを罰しようと彼女の胸に剣を突きつけるが、その美しさに打たれて剣を取り落とす。そしてヘレネは夫とともにスパルタに帰還し、幸せな余生を送った。また死後は、「白い島」(一種の極楽)でアキレウスと結婚したとも伝えられる。本来、彼女は樹木神、あるいは豊穣(ほうじょう)女神であったのが、のちに英雄伝説中のさらわれる美女に変貌(へんぼう)したものと考えられている。
[中務哲郎]