インフレーション会計(読み)インフレーションかいけい

改訂新版 世界大百科事典 「インフレーション会計」の意味・わかりやすい解説

インフレーション会計 (インフレーションかいけい)

インフレーションによる貨幣価値変動に即して行われる企業会計をいう。現行の取得原価主義会計は,技術的理由等により,〈貨幣価値が一定である〉という仮定のもとで行われている。しかし現実には,貨幣価値が変動するのが普通であるから,現行の会計は企業の現実の活動の姿を的確に描写していない面をもつ。このことは,貨幣価値の変動が小さい場合はともかく,変動が大きい急激なインフレ期には,とくにつぎの点で問題になる。(1)損益計算の面で,固定資産減価償却額が実質の額より小さく計上され,利益の中にインフレによる架空利益が含まれることになり,正しい営業成績が示されないこと。(2)架空利益を含む利益を基準にして,課税利益配当役員賞与の支払い等が行われるので,社外への流出資金が実質利益に比して多額になり,同一の経営活動を維持するための資本の維持が困難になること。(3)特定時点の財産状態を示す貸借対照表が正しい状態を示さなくなること。すなわち,貸借対照表には異なる時点に取得された建物,設備等の固定資産や商品,原材料等の流動資産が,異なる貨幣価値で表示され,同一の貨幣価値による財産状態が示されない。一般には,インフレ期には,固定資産は相対的に過小に表示され,また設立の古い企業に比べて新しい企業の規模は大きく表示される。これらの欠点の克服は,部分的には,第2次大戦後の日本で〈資産再評価法〉に基づき実施された資産の再評価,アメリカで行われた固定資産の加速償却(償却を普通より早める方法)や後入先出法による棚卸資産の評価等により可能であるが,根本的には,〈貨幣価値が一定である〉という仮定にかえて,〈貨幣価値は変動する〉という仮定のもとに,会計をインフレに即応して総合的に修正することによらねばならない。インフレは,個々の企業に異なる影響を及ぼすため,種々の会計方法が考えられる。かつて,第1次大戦後のドイツでは,一定単位の金の価格を修正基準とし,マルクの金額を金マルクに修正したが,一般的には,1930年代にアメリカのスウィーニーH.W.Sweeneyにより提唱された,修正基準として貨幣の一般購買力を示す指数(小売物価指数生計費指数など)を用いる方法が考えられてきた。しかし,インフレが激化した60年代以降,個別企業への個別的影響を重視し,修正基準として測定時点の個別財貨の購買力指数を用いるカレント原価会計や個別財貨の実際取替原価を用いる取替原価会計重要性が,イギリスやアメリカで主張されるようになり,その制度的導入をめざして検討がなされている。ただし現段階では,実験的レベルであり,カレント原価会計による修正情報は補足情報の位置にとどまる。ただインフレの激しいブラジルやオランダ等の企業では,カレント原価会計や取替原価会計が実質的に採用されている。
原価主義 →時価主義 →資産再評価
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「インフレーション会計」の意味・わかりやすい解説

インフレーション会計
いんふれーしょんかいけい
inflation accounting

インフレーション時に価格変動に応じた修正等を行う会計。インフレーションは一般的に一般物価水準の上昇による貨幣購買力の低下であるが、そのような相対的な価格変動による貨幣購買力の低下の影響に係る会計問題を取り扱う領域をインフレーション会計、または一般物価水準変動会計、購買力会計という。

 貨幣の購買力の低下による影響に基づく会計処理は、会計上の資産分類における貨幣項目と非貨幣項目とで分かれる。具体的には、貨幣性資産に関しては、貨幣価値の変動による損益である「購買力損益」を計上し、非貨幣性資産に関しては、物価指数の変動に応じた取得原価の修正(修正原価会計)が行われる。

 その結果、前者の貨幣項目は、貨幣の交換価値の低下を生じるので、券面・額面より低い交換価値となり、購買力損益が生じる。なお、貨幣項目の負債に関しては、以前よりも高い交換価値を保有することになり、債務者利得が発生する。

 また、イギリスにおいては、建物や機械などの減価償却の金額計算を、インフレーション後の高騰した金額をもとに行うことでより大きな額にするという、減価償却費の課税上の損金扱いを利用した設備投資資金の企業内留保の問題として取り上げられた。日本においても1950年(昭和25)に資産再評価法に基づき、類似の措置が実施されている。維持すべき資本という考え方にたてば、この修正原価会計では、貨幣性資産と異なり、購買力損益は生じないこととなる。

 ディスクロージャーの観点からは、前記のような貨幣購買力の影響を財務諸表上に開示することは利害関係者からの要請にこたえるものであるが、おもに、伝統的な取得原価主義に基づく会計との比較で論じられる。具体的には、取得原価は過去価額であるため、取得時点との時間的乖離(かいり)が大きければ大きいほど、貸借対照表上に示された資産・負債の価額が現在時点の価額を示さない場合があるという点が指摘される。

 また、会計計算上、取得原価主義による場合、物価上昇分も利益額に混入するため名目資本の維持がなされるが、企業経営の継続性を考慮した場合、資産の再取得を念頭に置くとその部分(保有利得)は利益額から控除し実質資本維持を図るべきとの主張がある。

[近田典行]

『R・W・スケイペンズ著、山口年一監修、碓氷悟史・菊谷正人訳『インフレーション会計――財務会計情報と管理会計情報』(1987・白桃書房)』『G・ウィッティントン著、辻山栄子訳『会計測定の基礎――インフレーション・アカウンティング』(2003・中央経済社)』

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