カッシーラー(読み)かっしーらー(英語表記)Ernst Cassirer

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カッシーラー」の意味・わかりやすい解説

カッシーラー
かっしーらー
Ernst Cassirer
(1874―1945)

ドイツの哲学者、精神史家。裕福なユダヤ人商人の息子として、シュレージエン地方のブレスラウ(現、ポーランドブロツワフ)に生まれる。少年時代から並はずれた記憶力と強靭(きょうじん)な思考力、そして豊かな芸術的感性を備えていた。ベルリンライプツィヒハイデルベルクの諸大学で哲学をはじめ法律、歴史、文学、数学、生物学を修め、マールブルク大学のH・コーヘン教授のもとで学位を取得したころには師も驚くほどの博識の持ち主になっていた。真摯(しんし)・温厚な学者であったが、ユダヤ人独特の視野の広さと自由主義的な環境も相まって、哲学上の基本的問題にまっこうから取り組むとともに、二つの大戦という歴史的経験を受け止めて、20世紀の思想の源流となる大著を次々と生み出した。

 彼は、コーヘンのもとで、カントの示した認識批判の道をカントの方法に倣って歩んでいたが、とくに、経験的・歴史的考察という方法が決定的であった。第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)時にはベルリン大学の私講師を務めつつ、大著『近代の哲学と科学における認識問題』の第3巻(カントからフリースへ)を執筆中であった。しかし精神史家でもあるカッシーラーはこのとき『自由と形式』(1916)によってドイツ民族の文化の意義を問う決意をし、その続編となる『理念と形姿』(1921)においては、ゲーテへの共感と傾倒を示している。このカントからゲーテへの展開はまた、「認識批判から文化批判へ」という、主著『象徴形式の哲学』(1922~1929)のテーマでもあった。象徴形式の哲学は、人間精神のみがもつ能力(シンボル機能)によって、神話、言語、歴史、宗教、科学、芸術といった文化諸領域が機能的に統一される、という発想に基づいている。シンボル機能は感性的、素材的契機と、その精神的意味の契機の二重性をその特性とし、これが生み出す像世界(象徴形式)は人間独自の世界把握と意味づけにほかならない。

 ナチス政権下のドイツを逃れてアメリカに亡命した彼は、エール大学でアーバンWilbur Marshall Urban(1873―1952)の後を継ぎ、以降英語圏で『人間』(1944)をはじめ彼の著作は広く読まれるようになった。彼のシンボル理論は記号美学者ランガーのシンボルの哲学の核をなし、また彼のいたワールブルク研究所からはパノフスキーやゴンブリッヒErnst・H・J・Gombrich(1909―2001)らの美術史家が出、さらに現代文化人類学科学史科学哲学解釈学動物行動学、詩学、精神分析学その他の分野に直接間接の影響を及ぼし続けている。

[塚本明子 2015年2月17日]

『宮城音弥訳『人間』(1953・岩波書店/岩波文庫)』『生松敬三他訳『象徴形式の哲学Ⅰ 言語』(1972・竹内書店)』『中野好之訳『啓蒙主義の哲学』(1962・紀伊國屋書店/ちくま学芸文庫)』『ピーター・ゲイ著、到津十三男訳『ワイマール文化』(1970・みすず書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カッシーラー」の意味・わかりやすい解説

カッシーラー
Cassirer, Ernst

[生]1874.7.28. ブレスラウ(現ポーランド,ウロツワフ)
[没]1945.4.13. ニューヨーク
ドイツのユダヤ人哲学者。ベルリン,ライプチヒ,ハイデルベルク,マールブルク各大学で学び,ことに新カント学派の一派であるマールブルク学派の創始者 H.コーエンの影響を受けた。ベルリン大学講師を経て 1919年ハンブルク大学教授となったが,のちナチスに追われ,オックスフォード大学 (1933~35) ,スウェーデンのエーテボリ大学 (35~41) ,最後にアメリカに渡り,エール大学 (41~44) ,コロンビア大学 (44~45) で教えた。自然科学的思考の認識論的研究から出発したが,次第に人間の象徴形式の研究へ移り,宗教,神話,言語,哲学,科学,芸術,歴史など多方面の問題を象徴活動の観点から包括的に把握し,独自の業績を残した。主著『実体概念と機能概念』 Substanzbegriff und Funktionsbegriff (10) ,『象徴形式の哲学』 Philosophie der symbolischen Formen (3巻,23~29) ,『啓蒙主義の哲学』 Die Philosophie der Aufklärung (32) ,『人間論』 An Essay on Man (44) 。

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