一つの物語の中に複数の物語を含む小説形式。複数の話者が次々と語る短編の集成として全編が構成されるものをさすが,話者が交替しない《千夜一夜物語》なども枠物語と呼ばれる。西洋では,この形式はルネサンス期の文学に多くみられ,口承文芸から文字文芸への移行や,俗語の散文による小説の成立を示唆するものとして文学史上注目される。その典型的なものはボッカッチョの《デカメロン》で,ペストを避けて郊外の別荘に落ちあった10人の男女が交替で司会役をつとめ,残りの9人が順次物語るという形式のもとに,教訓譚,ロマンス,滑稽譚,艶笑譚等々,多様な短編が集められている。チョーサーの《カンタベリー物語》,マルグリット・ド・ナバールの《エプタメロン》もその好例である。また,ストラパローラの《愛しき夜毎》やバジーレの《お話のお話》はこの形式によって,後世に貴重な民話の集大成をもたらした。近代にもゲーテをはじめ,ケラー,ホフマン,スティーブンソンらの作品に,この形式をとったものがあるが,代表作《カルメン》がそうであるように,とくにメリメはこれを得意とした。枠物語の形式は西欧文学にのみみられるものではなく,物語文学を持つ諸民族の文学に共通に存在するといえよう。日本でも中世の説話や御伽草子などにこの形式がみられるが,たとえば室町期の小説《三人法師》は3人の高野聖のそれぞれの発心譚によって全体が構成される,枠物語のすぐれた小品である。
近年では,欧米を中心に,SFやファンタジーのジャンルも含めて,物語形式の復活による小説の活性化がさまざまに試みられており,枠物語の形式をとる作品が現れる一方,ロートマンやウスペンスキーら現代ソビエトの記号論学者は,芸術テキストの生成の問題としてこの形式に注目する研究を発表している。
→口承文芸 →小説 →物語文学
執筆者:山田 登
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…このことから,後年,近代の文学史家デ・サンクティスは《デカメロン》を〈人曲〉と呼び,現代の研究家ブランカは〈十日百話〉の散文中に埋めこまれた夥しい11音節の韻律を取り出して,これを〈商人の叙事詩〉と名づけ,物語の基盤に〈愛〉〈運〉〈才〉があることを指摘した。 《デカメロン》は枠物語の形式をとり,個々の地の文章の枠のなかに,ペストの難を逃れて語りあう男女10人の〈小話〉が組み込まれている。このようなボッカッチョの手法は,一方にF.サッケッティ,M.バンデロ,G.B.ジラルディなどの短編物語の系譜を生みだし(後の2者の〈小話〉から想を得てシェークスピアが《ロミオとジュリエット》や《オセロー》を書いたことは周知のとおりである),他方にG.F.ストラパローラの《楽しき夜ごと》(1550‐53),G.バジーレの《ペンタメロン》(1634‐36)など,枠物語による民話文学を生みだした。…
※「枠物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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