ガス事業(読み)がすじぎょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ガス事業」の意味・わかりやすい解説

ガス事業
がすじぎょう

ガスを製造・貯蔵し、搬送して需要家に配分する事業。現在の日本では、天然ガスを配管で供給する都市ガス事業者と、液化石油ガスLPガス)をボンベないし配管で供給するLPガス事業者が、中心的な存在である。

 天然ガスを日本で使用する場合には、LNG液化天然ガス)の形で海外から輸入することが支配的である。日本ではLNGが火力発電用燃料に多用されるため、電気事業者のLNG使用量がガス事業者のそれを上回る。

 2010年代後半から2020年代にかけて、ガス事業をめぐる経営環境は大きく変化した。都市ガス事業を対象にして大規模な制度改革が実施されるとともに、気候変動への対策として、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルへの貢献が強く求められるようになったのである。

[橘川武郎 2022年10月20日]

歴史

世界最初のガス事業は、18世紀末のイギリスで、照明用として成立した。その後、1855年にブンゼンバーナーが発明され、ガスが熱エネルギーの供給源としても使われるようになり、ガス事業は大きな発展をとげるに至った。

 日本では、1872年(明治5)に高島嘉右衛門(かえもん)が横浜・馬車道付近にガス灯を設置したのが、ガス利用の嚆矢(こうし)である。1885年には東京府瓦斯(ガス)局の払い下げを受け、最初のガス会社である東京瓦斯が成立した。その後、長崎、大阪、博多など全国各地でガス会社が誕生した。

 事業創始から今日に至る過程で、日本のガス事業は、六度の大きな変化を経験した。

 第一は、動力源から照明源への需要転換である。事業がスタートした当時、ガスは主として動力源として使われていたが、1900年代に白熱マントルが登場すると、炭素電球をしのぐ明るさをもつガス灯の再評価が進み、ガス会社設立の全国的ブームが生じた。その結果、1915年(大正4)には全国で91社のガス会社が事業を展開するに至った。

 第二は、照明源から熱源への二度目の需要転換である。1910年(明治43)にタングステン電球が登場したこと、および第一次世界大戦の戦中・戦後にガスの原料となる石炭の価格が高騰したことによって、水力中心の電源構成に移行した電力に対して、ガスは照明源としての競争力を失った。ガス会社は、事業の存亡にかかわるこの危機を、家庭用熱エネルギー供給に活路をみいだすことによって乗り切った。

 第三は、1958年(昭和33)から始まった石炭から石油への原料転換である。原油価格が石炭価格に比べて低位になったこと、コークス炉と比べて設備費が低廉であること、ガス製造量の調整が容易であること、操作が容易であること、などの理由によって、各ガス会社は原油、LPガス、ナフサ等の石油系原料への転換を進めた。

 第四は、石油からLNGへの第二の原料転換である。東京ガスは1969年に、大阪ガスは1972年に、東邦ガスは1977年に、それぞれ天然ガスへの燃料転換に取り組むようになった。この転換には、5000キロカロリーから1万1000キロカロリーへ熱量が変わるため、全需要家を訪問し、すべてのガスコンロを調整するという、大規模な熱量変換(熱変)作業が必要であった。業界全体で数兆円を要したといわれるこの熱変作業は、1988年に完了した。

 第五は、2011年(平成23)3月11日の東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、エネルギー政策の見直しが進むなかで、都市ガス事業をめぐり、大規模な制度改革が行われたことである。2017年には小売全面自由化が、2022年(令和4)には大手3社(東京ガス・大阪ガス・東邦ガス)の法的分離(導管部門の分離)が、相次いで実施された。

 第六は、2020年に日本政府が、2050年までにカーボンニュートラルを実現することを国際公約したことである。これは、気候変動対策の抜本的強化を求める世界的な世論の高まりを反映した動きであった。これまで、事業活動を通じて二酸化炭素を排出してきたガス事業も、使用燃料の根本的な転換を迫られるようになった。都市ガス事業は合成メタンを、LPガス事業はグリーンLPガスを、それぞれ開発・実用化することに力を注いでいる。これらはいずれも、二酸化炭素と水素から次世代燃料を合成するものである。次世代燃料であっても燃焼時には二酸化炭素を排出するが、製造時に二酸化炭素を使用することによって相殺されると理解され、カーボンニュートラルとみなされるわけである。

[橘川武郎 2022年10月20日]

ガス事業への期待と課題

2011年に発生した東日本大震災と、それに伴う東京電力福島第一原子力発電所事故は、日本のエネルギーのあり方を大きく変化させた。原子力発電に依存した電源構成への反省が進み、代替電源として、化石燃料のなかでは二酸化炭素排出量が相対的に少ない天然ガスを使用するLNG火力発電への期待が高まった。天然ガスの利用を拡大していく、いわゆる「天然ガスシフト」が、国民的課題となったのである。

 天然ガスシフトの中心的な担い手となるのは、ガス事業者である。しかし、このシフトを実現するためには、少なくとも二つの課題が残されている。

 一つは、天然ガスの調達価格を引き下げることである。日本の電力会社やガス会社は、供給安定性を重視する観点からLNGを長期契約で確保しており、そのこともあって、調達価格が割高となるケースがある。アメリカで増産が進むシェールガス(シェール=頁岩(けつがん)層から新技術によって生産できるようになった天然ガス)等の非在来型ガスを購入するなどして輸入方法を多様化し、調達コストを低下させることが、天然ガスシフトの前提条件となる。

 もう一つは、国内のパイプライン網を整備することである。日本の天然ガスパイプラインは、東海道や山陽道でも分断されており、欧米諸国や韓国と比べて、はるかに脆弱(ぜいじゃく)である。インフラの整備なくして、天然ガスシフトは進まないのである。

 東日本大震災は、天然ガスだけでなく、LPガスへの期待も高めた。被災地では、震災直後、現場に残されていたLPガス・ボンベが、「軒下在庫」として唯一のエネルギー源となり、多くの命を救ったからである。今後は、天然ガスが普及している都市部でも、直下型地震などに備えて、災害に強い分散型エネルギー源であるLPガスを使用することが、重要なテーマとなる。そのためには、LPガス事業についても、調達コストの抑制や配送業務の合理化などの課題を達成する必要がある。

 これらに加えて、2020年代からは、都市ガス事業もLPガス事業も、カーボンニュートラルの実現に貢献するという新しい課題に直面することになった。2030年までは、化石燃料のなかでは二酸化炭素排出量が相対的に少ないという特徴が生かされ、ガス事業には順風が吹くだろう。しかし、2030年以降の時期になると、ガス事業といえども二酸化炭素を排出することには変わりがないという点が問題視されるようになり、風は逆向きに変わると予想される。カーボンニュートラルな合成メタンやグリーンLPガスを開発、実用化しないかぎり、都市ガス事業もLPガス事業も、生き残ることはできないのである。

[橘川武郎 2022年10月20日]

『通商産業政策史編纂委員会編、橘川武郎著『通商産業政策史1980-2000 第10巻 資源エネルギー政策』(2011・経済産業調査会)』『今井伸・橘川武郎著、石井彰執筆協力『LNG――50年の軌跡と未来』(2019・日経BP社)』『秋元圭吾・橘川武郎・エネルギー総合工学研究所・日本ガス協会著『METHANATION メタネーション――都市ガスカーボンニュートラル化の切り札 e-methane』(2022・エネルギーフォーラム)』『資源エネルギー庁ガス市場整備室他監修『ガス事業便覧』各年版(日本ガス協会)』


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