ガポン(読み)がぽん(英語表記)Георгий Аполлонович Гапон/Georgiy Apollonovich Gapon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ガポン」の意味・わかりやすい解説

ガポン
Gapon, Georgii Apollonovich

[生]1870.2.17. ポルタバ
[没]1906.4.10. ペテルブルグ近郊オゼルキー
ロシア正教会の修道士,労働組合運動家。 1903年労働運動を革命を目指す政治闘争からブルジョアジーに対する経済闘争に転換させることをもくろんだ。オフランカ (秘密警察) と接触,その援助のもとに,ロシアの労働者の根強い正教会への信心を利用しつつ,「ロシア工場労働者組合」を結成。日露戦争中の生活費騰貴とストライキ頻発に助けられて,ペテルブルグ機械工業のほとんどすべての「適格」労働者を網羅したロシア労働組合運動の指導者となった。 05年1月 22日 (旧暦9日) ,20万人以上のペテルブルグ労働者およびその家族を率い,ツァーリ肖像を掲げて冬宮への請願デモの先頭に立ち,ツァーリに請願書を手渡そうとしたが,軍隊一斉射撃を浴びて果さず (いわゆる「血の日曜日」事件) ,国外に逃走ジュネーブにいたり,社会革命党 (エス・エル) 外国組織,レーニンらに接近,「公開状」を発して全革命政党の結集を呼びかけたが失敗。以後しばらくイギリスの船をチャーターして武器の密輸に従事。帰国後,労働者組織の再編成を行おうとしたが,警察との関係を疑う労働者によって暗殺された。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ガポン」の意味・わかりやすい解説

ガポン
がぽん
Георгий Аполлонович Гапон/Georgiy Apollonovich Gapon
(1870―1906)

ロシアの司祭、労働運動の指導者。ポルタワ県の富裕な農家に生まれる。ペテルブルグの神学大学を卒業(1903)。トルストイ主義の影響を受け、労働運動に入り、1903~04年「ペテルブルグ市ロシア人工場労働者の集い」を組織する。05年1月9日の日曜日、彼のイニシアティブで労働者とその家族がツァーリへの請願デモを行ったが、軍隊が発砲し、1000人近い死者と数千人の負傷者を出した(「血の日曜日」)。このあとガポンは国外に逃れ、革命組織との結び付きを図ったが成功せず、ふたたびロシアに戻った。しかし秘密警察のスパイと疑われて、労働者のグループに暗殺された。

[外川継男]

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