ギリシア危機(読み)ぎりしあきき

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギリシア危機」の意味・わかりやすい解説

ギリシア危機
ぎりしあきき

2009年末のギリシア政権交代の際の財政スキャンダル発覚によって発生したソブリン危機を嚆矢(こうし)とし、ユーロ危機ならびにギリシア国内の政治的・社会的混乱を誘発することになった複合危機。

星野 郁 2018年11月19日]

危機の発生

ギリシアは2001年1月からユーロに参加し、為替(かわせ)リスク消滅国債のリスク・プレミアム縮小により、対外借入が著しく容易になった。地中海の地政学上の要衝の地であるギリシアは、かねてから世界有数の武器輸入国であり、2004年のオリンピック・アテネ大会の開催に伴う旺盛(おうせい)なインフラ投資需要も加わって経常収支赤字が増大し、急速に対外債務を増やした。そこに2008年、グローバルな金融・経済危機が発生し、ギリシアも著しい打撃を受けることになった。

 不況下の2009年10月に議会選挙が行われ、新たに政権についた全ギリシア社会主義運動(PASOK(パソク):Panellinio Sosialistiko Kinima)は、前政権の新民主主義党(ND:Nea Dhimokratia)が財政赤字をごまかしてユーロに参加したこと、当面の財政赤字や政府債務を著しく過少申告していた事実を暴露した。この財政スキャンダルの発覚によりギリシア国債は暴落し、ギリシア政府の債務不履行(デフォルト)への懸念が急速に広がった。ギリシア危機の影響は他のユーロ圏諸国にも及び始め、ユーロ圏として危機への対応を余儀なくされることになった。しかし、ドイツが救済難色を示したことから、ギリシアがユーロから離脱せざるをえなくなるのではないかとの懸念が広がった。かりにギリシアがユーロ離脱となれば、同様のソブリン危機にみまわれている南ヨーロッパやアイルランドなど、他のユーロ圏諸国も次々と離脱に追い込まれるかもしれないとの憶測から、これらの国々の国債も軒並み暴落。ユーロ圏の域内総生産(GDP)のわずか3%弱を占めるにすぎないギリシアの危機が、ユーロ圏を震撼(しんかん)させることになった。

[星野 郁 2018年11月19日]

金融支援と不況の深刻化

危機が深刻となるなか、アメリカのオバマ政権の働きかけもあってドイツも救済に同意し、2010年5月には、国際通貨基金(IMF)も加わり総額1100億ユーロからなる第一次金融支援がまとまった。しかし、ギリシアは救済と引き換えに、ヨーロッパ連合(EU)、ヨーロッパ中央銀行(ECB)、IMFからなる「トロイカ」によって、財政赤字削減のための厳しい構造改革プログラムを課されることになった。年金・社会給付や公共投資の著しい削減、大規模な公務員の解雇や賃金の凍結・引下げ、増税、民営化などが行われ、ギリシア国民の生活は著しく悪化した。その結果、不況はより深刻となり、ギリシアの財政収支赤字や政府債務はさらに増大し、2012年2月には、1300億ユーロからなる第二次金融支援を求めざるをえなくなった。

 その後も構造改革プログラムの成果があがらず、厳しい緊縮政策に対する国民の反発が強まるなかで、2015年1月に議会選挙が行われ、反緊縮政策を掲げる急進左派連合(SYRIZA(シリザ))が勝利し、チプラスAlexis Tsipras(1974― )政権が誕生した。チプラス政権は緊縮政策の見直しを求めたが、債権団は拒否し、同年6月に第二次金融支援の打ち切りを通告した。これに対してチプラス政権は、7月初めに緊縮政策の見直しを国民投票にかけ、6割を超える国民の支持を得て交渉に臨んだ。しかし再度拒否にあい、ECBも、ギリシアが緊縮政策を放棄するなら、流動性供給を止めることも検討せざるをえないと牽制(けんせい)し、チプラス政権も最終的に緊縮路線に屈した。

 同年8月にESM(ヨーロッパ安定メカニズム)を通じた総額860億ユーロからなる第三次金融支援が決定された。しかし、第三次金融支援をめぐっては、緊縮政策の継続を主張するEU側と、巨額の政府債務が改革の妨げとなっており、債務の切り捨てを認めるべきと主張するIMFが対立し、IMFは支援プログラムへの参加を見送ることになった。

 2015年以降、ギリシアの基礎的財政収支(プライマリーバランス)は黒字に転じ、2016年以降は経済成長率もプラスに転じたものの、年金生活者や若年層を中心にギリシア国民の多くは苦境にあえいでいる。さらにギリシアは難民危機(ヨーロッパ難民危機)の最前線にもたたされている。2017年には、ふたたび債務の返済に窮し、6月にEUから85億ユーロの追加融資が決定したのに加え、支援プログラムに復帰したIMFからも18億ドルの追加融資を受けることになった。2018年8月にEUによるギリシアへの金融支援は終了したが、最終的な危機克服の見通しは立っていない。

[星野 郁 2018年11月19日]

『尾上修悟著『ギリシャ危機と揺らぐ欧州民主主義』(2017・明石書店)』『田中素香著『ユーロ危機とギリシャ反乱』(岩波新書)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android