クリュチェフスキー(読み)くりゅちぇふすきー(英語表記)Василий Осипович Ключевский/Vasiliy Osipovich Klyuchevskiy

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クリュチェフスキー」の意味・わかりやすい解説

クリュチェフスキー
くりゅちぇふすきー
Василий Осипович Ключевский/Vasiliy Osipovich Klyuchevskiy
(1841―1911)

帝政時代のロシアの代表的歴史家。ペンザ県の農村聖職者の家に生まれ、モスクワ大学を卒業(1865)。1882年『古ロシアのボヤールスカヤ・ドゥーマ』で博士号を取得するとともに、モスクワ大学のロシア史の教授就任。その講義は彼の雄弁機知と相まって多くの学生を魅了し、『ロシア史講義』4巻(1904~11)として出版された。古代から19世紀までのロシア史を扱ったこの著作は、日本語を含めいくつかの外国語にも訳された。彼の歴史観は、歴史における国家の役割を重視する同時代のそれとは異なり、社会経済的要素を重くみるもので、とくにロシア史における「拓殖」の意義を強調するものであった。

[外川継男]

『八重樫喬任訳『ロシア史講話』全5巻(1979~83・恒文社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クリュチェフスキー」の意味・わかりやすい解説

クリュチェフスキー
Klyuchevskii, Vasilii Osipovich

[生]1841.1.28. ペンザ,ボズネセンスコエ
[没]1911.5.25. モスクワ
ロシア帝政期の代表的歴史家。貧しい村の司祭の子として生れ,神学校に学んだが,自由な研究に憧れてモスクワ大学で歴史を学んだ。 1865年卒業し,モスクワで教職につくかたわら研究を続け,79年モスクワ大学の講師,82年教授となり,ロシア史の各時代にわたって多くの著書論文を残した。講義をまとめた『ロシア史講義』 Kurs russkoi istorii (5巻,1904~10) は,各国語に翻訳され,彼の名を世界的なものにした。社会・経済史的視点を導入し,ロシア史における植民活動の重要性を指摘した。

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