ゲノム編集(読み)ゲノムヘンシュウ(その他表記)genome editing

翻訳|genome editing

デジタル大辞泉 「ゲノム編集」の意味・読み・例文・類語

ゲノム‐へんしゅう〔‐ヘンシフ〕【ゲノム編集】

ゲノム上で任意の遺伝子を改変する技術。人工ヌクレアーゼというDNA切断酵素を用いて、目標とする遺伝子を破壊したり、挿入したりすることを指す。遺伝子治療や農畜産物の育種に応用する研究が進められている。ゲノムエディティング。→CRISPR/Cas9クリスパーキャスナイン

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共同通信ニュース用語解説 「ゲノム編集」の解説

ゲノム編集

生き物の細胞の中にあり、生命の設計図であるDNAの配列を狙い通りに改変する技術。現在広く使われている手法は「クリスパー・キャス9」と呼ばれ、DNAの特定の部分に結合する分子と、そこを切断するはさみ役の酵素で構成する。特定の遺伝子を失わせたり加えたりすることで、性質を変えることができる。この手法を用いて肉厚にしたマダイや健康成分を多くしたトマトなどが実用化されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲノム編集」の意味・わかりやすい解説

ゲノム編集
げのむへんしゅう
genome editing

遺伝子を切断できる特殊な人工制限酵素(人工ヌクレアーゼ)を用いて、ゲノム上の特定の部位を削除したり、別の遺伝子配列を挿入したり、遺伝子配列を置換したりすることが、より高い精度で可能となる遺伝子改変技術。バイオテクノロジー分野の用語。

 遺伝子工学は、1970年代後半から大きく発展してきたが、遺伝子の組換え精度は絶えず課題であり、制限酵素の活用などの研究が精力的に行われてきた。このような流れのなかで、古細菌などの中で発達した免疫防御システムの活用や人工制限酵素の開発を利用して、従来からの遺伝子組換え技術よりも、より効率的かつ自在に遺伝子を操作することが可能になり、この技術をゲノム編集と称するようになった。

 この技術は1990年代後半に発表され、2000年代に入るとさらに技術開発が活発化した。ゲノム編集の第一世代は、DNAを特定の位置で切断できるZFN(zinc-finger nuclease:ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ)で、1996年に登場した。第二世代は、DNA認識能が向上したTALEN(ターレン)(Transcription activator effector-like nuclease:転写活性因子様エフェクターヌクレアーゼ)で、2010年に発表された。そして、第三世代のゲノム編集技術とよばれるCRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)は2012年に発表され、この技術に画期的前進をもたらした。CRISPR/Cas9技術の大きな特徴は、ゲノムを切断する酵素(タンパク質)である「Cas9」とよばれるヌクレアーゼと、切断部位を認識し標的遺伝子への案内役を担う「ガイドRNA」を用いることである。ガイドRNAは、crRNA(CRISPR(クリスパー)RNA)とtracr(トレーサー)RNA(trans-activating CRISPR RNA)を人工的に融合させたものであり、組換え操作を行いたい遺伝子を特異的に改変させることが、他のゲノム編集技術よりも簡便、かつ効率よく進むように設計されている。このCRISPR/Cas9技術は、エマニュエル・シャルパンティエ(当時、スウェーデンのウメオ大学准教授、のちにマックス・プランク研究所所長)とジェニファー・ダウドナ(アメリカのカリフォルニア大学バークレー校教授)が中心となって開発された。2020年、彼女らはCRISPR/Cas9技術開発の功績によってノーベル化学賞を受賞している。

 一方、ゲノム編集技術の臨床治験も進められてきた。2015年、イギリスで第2世代のゲノム編集技術TALENを用いて、1歳女児の急性リンパ性白血病の臨床治験が行われ、寛解に貢献した。そして第3世代のCRISPR/Cas9技術の発表以降、研究開発が医療のみならず農作物や水産物の品種改良などの広い分野で急速に拡大した。たとえば、海外では、マッシュルームのゲノムを改変し、マッシュルームが茶色に変色するのを遅らせて白色を保ったまま市場に届けることが可能な品種が開発されている。この場合、編集されたゲノムが自然界で起きる突然変異と変わらないことから、このマッシュルームは遺伝子組換え生物の規制対象外とみなされる。

 医療の分野でもゲノム編集技術の応用が拡大している。たとえば基礎研究や遺伝子治療等を含む医療分野への応用に関する研究も進められている。さらに画期的な事例は、2023年11月に、イギリスで鎌状赤血球貧血症とβ(ベータ)サラセミアという重い貧血症にゲノム編集技術を利用した治療が承認されたことである。そしてアメリカでも同年12月に鎌状赤血球貧血症の治療への使用、翌年の2024年1月にはβサラセミアの治療への使用が承認された。鎌状赤血球貧血症は遺伝性の貧血症であり、遺伝子の変異によって、酸素を運ぶ役割を担う赤血球中のヘモグロビンが変形し、酸素の運搬が滞ってしまう病気である。患者は、アフリカや中東、アメリカ、地中海沿岸に多く、アフリカ系黒人を祖先にもつ人の約10%が鎌状赤血球貧血症を発症する遺伝子をもつといわれる(『MSDマニュアル家庭版』より)。日本ではいまのところこの症例はほとんどみられない。

 ゲノム編集技術の他の疾病への応用可能性はますます拡大しており、実際に遺伝子変異に由来するデュシェンヌ型筋ジストロフィー症(DMD:Duchenne muscular dystrophy)やレーバー先天性黒内障(LCA:Leber Congenital Amaurosis)への応用が開発中である。なお、用いるゲノム編集技術にも新たな試みが行われており、Cas9以外の有効な人工ヌクレアーゼの利用など、有効なゲノム編集技術が続々と開発されている。この傾向は今後も続くと期待される。

 ゲノム編集技術の有用性に対する認識が深まり、活用が進むと、その可能性だけでなく、リスクについて警鐘を鳴らす報告も増えている。リスクは3分類に大別できると考えられる。具体的には、(1)ゲノム編集の技術にかかわるもの。(2)規制・指針に関するもの。遺伝子組換え生物の規制の対象となる遺伝子の改変と同等の規制や、ゲノム編集技術を用いる場合の遺伝子治療についての規制ならびに臨床研究を行う際の指針などの整備。とくに日本国内の規制や指針と、諸外国のルールとの整合性。さらに、(3)生命倫理にかかわる課題。受精卵の研究への応用や生殖医療を含めた遺伝子治療等には、倫理的問題が含まれるので、慎重かつ継続的な検討が求められる。

 またゲノム編集ならびに遺伝子治療に係る研究開発は、学界のみならず企業も大いに注力しており、実際にゲノム編集を得意とするベンチャー企業が世界的に台頭し、既存の大手製薬企業との連携や共同開発を活発に進めている。たとえば、ベンチャー企業の例としてスイスとアメリカに本拠を置くクリスパー・セラピューティクス(CRISPR Therapeutics)社や、アメリカのボストン周辺に本拠をおくエディタス・メディシン(Editas Medicine)社、バーテックス・ファーマシューティカルズ(Vertex Pharmaceuticals)社、インテリア・セラピューティクス(Intellia Therapeutics)社などがあげられる。こうしたベンチャー企業が、グローバルな製薬企業と活発に連携し、遺伝子に由来する難病やがん分野などでの医薬品の探索や開発、創薬プロセスの効率化を進めようとしている。

 最後に、ゲノム編集技術は知的財産権の宝庫でもある。CRISPR/Cas9の基本特許の段階から、カリフォルニア大学と、ブロード研究所(マサチューセッツ工科大学ハーバード大学の共同研究所)の間で熾烈(しれつ)な特許競争が展開された。さらに、ゲノム編集の応用開発に係る特許でも、多数の企業や学界が激しい競争を展開している。日本の特許庁へも圧倒的に海外からの出願が多い。今後、日本でもゲノム編集技術を用いた開発が活発に展開され、商業化が進められると期待される。その際には、基本特許を回避した改良特許の取得を含めた新しいゲノム編集技術の開発や応用技術・周辺技術の開発も重要になると予測される。

[飯野和美 2024年9月17日]

『畑田出穂編「特集 ゲノム編集法の新常識!CRISPR/Casが生命科学を加速する」(『実験医学 2014年7月号 Vol.32 No.11』所収・2014・羊土社)』『真下知士・金田安史編『医療応用をめざすゲノム編集――最新動向から技術・倫理的課題まで』(2018・化学同人)』『山本卓著『ゲノム編集の基本原理と応用――ZFN、TALEN、CRISPR‐Cas9』(2018・裳華房)』『北畠康司・犬飼直人編「特集 動き始めたゲノム編集の医療応用」(『実験医学 2024年4月号 Vol.42 No.6』所収・2024・羊土社)』『青野由利著『ゲノム編集の光と闇――人類の未来に何をもたらすか』(ちくま新書)』『平野博之著『物語 遺伝学の歴史――メンデルからDNA、ゲノム編集まで』(中公新書)』『〔WEB〕MSD株式会社『MSDマニュアル家庭版(日本語版)』 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home(2024年9月閲覧)』

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知恵蔵 「ゲノム編集」の解説

ゲノム編集

遺伝情報を高い精度で改変する技術で、DNA切断酵素である人工ヌクレアーゼを用い、ゲノム上で特定のDNA塩基配列を標的として遺伝子を壊したり、置き換えたりするもの。2010年以降、遺伝子治療や農畜産物の育種への応用を目指して研究が急速に進められている。
人工ヌクレアーゼにより切断されたDNAは、切断部分に特定の塩基配列の末端を持ち、細胞が持つDNA修復機構により修復される。この時、切断された部分がそのままつなぎ直されれば何らの改変とならないが、機能している遺伝子領域を切断して機能を喪失させるノックアウトや、切断後に新たなDNA断片を挿入して機能を獲得させるノックインにより、ゲノムDNAを不可逆的に改変できる。
ゲノム編集に用いる人工ヌクレアーゼは、第1世代から第3世代まで改良されている。第3世代人工ヌクレアーゼはCRISPR/Cas9(クリスパー・キャス9)と呼ばれ、標的とする約20塩基の配列に特異的に結合するガイドRNAを含むCRISPRと、特定の塩基配列でDNAを切断する制限酵素Cas9の二つのドメインからなるタンパク質複合体である。CRISPR/Cas9は、活性と利便性の点で第1世代(ZFN)や第2世代(TALENs)より優れるが、標的配列を認識する特異性の点では劣り、ガイドRNAと100%相補的でない配列でも切断して起こるオフターゲット効果が見られるため、特異性を高めることが課題となっている。CRISPR/cas9を開発した米国の化学・生物学者のジェニファー・ダウドナ、フランスの生物学者エマニュエル・シャルパンティエらは、16年のガードナー国際賞に選ばれた。
ゲノム編集の対象として、現在、様々な動物や植物細胞、ヒトを含む哺乳類の培養細胞で成功例が報告されている。米国や英国では、エイズや白血病の患者から細胞を取り出し、ゲノム編集技術により遺伝子を修復する臨床研究が実施されている。受精卵を対象としたゲノム編集については、遺伝性疾患の予防などが可能になると期待される一方、デザイナーベビーにつながるとの懸念や、生命の萌芽への操作に対する倫理的な問題もある。15年12月、米英中を中心とする国際会議で、ヒトの細胞を使うゲノム編集は体細胞を基本とし、生殖細胞を使う場合は基礎研究に限り、子宮には戻さないなどの一定条件つきで容認する声明が出された。中国では、15年4月と16年4月に、それぞれ別の研究チームがヒトの受精卵の遺伝子をゲノム編集で改変したと発表。後者の研究は、子宮に戻しても育たない異常な受精卵を使用し、遺伝子を狙い通りに改変できるかどうかを評価する基礎的研究目的で実施したというが、安全性や倫理面の議論が尽くされていない中でヒト受精卵を使ったゲノム編集を実施したことへの国際的な批判がある。ドイツ、フランスは、ゲノム編集の臨床利用を法律で禁止する。日本では、16年2月、日本学術会議がゲノム編集を使った国内研究のルール作りを検討する分科会を置くことを決めたほか、内閣府の生命倫理専門調査会は同4月、ゲノム編集のヒト受精卵への応用を基礎的研究に限って容認するとの報告書をまとめた。報告書では、臨床利用については容認していないが、法的拘束力はない。

(葛西奈津子 フリーランスライター/2016年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ゲノム編集」の意味・わかりやすい解説

ゲノム編集
ゲノムへんしゅう
genome editing

生物のデオキシリボ核酸 DNA配列を目的の位置で切断して,遺伝子の削除,置換,挿入を行なうこと。2012年にアメリカ合衆国の生化学者ジェニファー・ダウドナとフランスの微生物学者エマニュエル・シャルパンティエがクリスパー・キャスナイン CRISPR-Cas9と呼ばれる技術を開発して以降,急速に発展した。病気の原因となる遺伝子変異を修正することで病気の予防や回復を可能にする技術の研究は,1980年代以降盛んになった。遺伝子変異を正確に修正するためには,ヒトゲノムを構成する約 30億にもおよぶ塩基対のなかから,目的の位置で正確に 2本鎖 DNAを切断する方法が必要となる。クリスパー・キャスナインは,RNA(リボ核酸)-DNA認識を利用することで,DNAの標的配列を指定し,正確な位置で切断させることができる。また,DNA切断部位をこれまでの手法よりも簡単に指定でき,広範な標的配列に利用できるため,応用範囲はきわめて広い。すでに農作物や家畜,霊長類を含む実験動物のゲノム改変に使用されているほか,ヒトの病気モデルとして作成したマウスの遺伝子変異をゲノム編集することで,病気を治すことにも成功している。2018年,中国の研究者がヒト受精卵の遺伝子をゲノム編集で改変し,HIVに抵抗性をもたせた双子の女児を誕生させたと発表した。これに対し,安全性や倫理的に問題があるとして,世界中から批判が集まった。ヒト受精卵への応用は,多くの国で制限されている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

知恵蔵mini 「ゲノム編集」の解説

ゲノム編集

遺伝情報を高精度に改変できる技術で、ゲノムDNAを切断する酵素である人工ヌクレアーゼなどを用い、遺伝子・配列が標的にし、狙った箇所の生物遺伝子を壊したり、置き換えること。病気のモデルとなる実験用動物の作成、難病の治療や予防法の開発、農作物や家畜などの品種改良、バイオ燃料の生産に適した植物の開発などに幅広く用いられている。2016年3月14日、内閣府の生命倫理専門調査会は、「ゲノム編集」を人の受精卵に適用する是非について、不妊や難病の治療方法の開発を促す可能性があるとして、基礎的研究なら「容認される場合がある」との方針をまとめることでほぼ合意した。ゲノム編集による人の受精卵改変については15年12月の国際会議では基礎研究を容認する声明がまとまるなど、日本国内でもルール作りが急務となっている。

(2016-3-18)

出典 朝日新聞出版知恵蔵miniについて 情報

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