日本大百科全書(ニッポニカ) 「ダウドナ」の意味・わかりやすい解説
ダウドナ
だうどな
Jennifer Anne Doudna
(1964― )
アメリカの分子生物学者。ワシントンDCで生まれ、幼少期はハワイ州ヒロで過ごす。カリフォルニア州のポモナ・カレッジで生化学の学士号、1989年ハーバード大学医学部で生化学の博士号を取得。同大学医学部関連のマサチューセッツ総合病院で研究フェローとなり、1991年からコロラド大学で博士研究員。1994年エール大学助教授、その後準教授、教授に就任。2002年からはカリフォルニア大学バークレー校教授。1997年からハワード・ヒューズ医学研究所の研究員。
ハーバード大学医学部時代は、テロメアやテロメラーゼの研究でノーベル医学生理学賞を受賞(2009)した生化学者のジャック・ゾスタクに、コロラド大学時代は、触媒として働くRNA(リボザイム)を発見しノーベル化学賞を受賞(1989)した分子生物学者トーマス・チェックの指導を受けた。研究者としてスタートした当初は、触媒として働くRNA(リボ核酸)の三次元構造などに興味をもち、細胞内の小さなRNAの役割の研究に取り組んだ。やがて細菌がウイルスなどを防御する免疫システムの一部とされるCRISPR(クリスパー)の研究に軸足を移した。CRISPRは、細菌のDNAの中に見られる(塩基の)繰り返し配列のことで、繰り返し配列にはさまれた部分(スペーサー)にウイルスのDNAの一部が取り込まれていた。ウイルスのDNAを記憶しておくことで、次の感染時にRNA(クリスパーRNA)を発現させて、ウイルスを切断するのではないかと考えられていた。ダウドナが研究を進めていたRNA干渉と同じような原理だった。RNA干渉とは、DNAから書き写されたメッセンジャーRNA(mRNA)に、ぴったりくっつく相補的なRNA(アンチセンスRNA)を細胞内に導入することで、生命に必要なタンパク質合成を阻害し、遺伝子発現を抑制することである。
2011年に細菌の一種、溶血性連鎖球菌(溶連菌。化膿(かのう)連鎖球菌)の中に、クリスパーRNA、それとは別のtracr(トレーサー)RNA、タンパク質(酵素)Cas9(キャスナイン)を発見したエマニュエル・シャルパンティエ(当時、スウェーデンのウメオ大学准教授)から共同研究をもちかけられた。シャルパンティエは、これらが細菌の免疫システムで重要な役割を担っていることをつきとめていたが、仕組みの詳細は不明だった。二人は、クリスパーRNAとtracrRNAとが結び付き、それがターゲット部位にくっつき、その部分のDNAをCas9が鋏(はさみ)のように切断することをつきとめ、2012年に発表した。二人はtracrRNAと、ねらった部位の配列をもつクリスパーRNAを人工的に融合させた「ガイドRNA」を作成し、それに導かれて、Cas9がねらった部位を切断することを確認した。
この発表以降、CRISPR/Cas9は、DNAのねらった部位を、従来の制限酵素(DNA鎖の特定の塩基配列を認識して鎖を切断する酵素)のような手間のかかる方法ではなく、簡便な手法で切断できる方法として急速に普及、マウスやヒトのゲノムを改変する研究が一気に広がった。切断だけでなく、新たなDNAの挿入も可能な技術で、文章のように編集できることから「ゲノム編集」とよばれる。とくに農作物や魚類の品種改良のほか、遺伝子が関与する病気の発症メカニズムの解明、遺伝子を改変した細胞を用いたがん免疫療法などへの応用がすでに始まり、成果が期待されている。しかし、ゲノム編集の安全性については未知の部分が多く、生殖細胞への応用など倫理面の問題も浮上している。ダウドナ自身も2015年、ヒトの胚(はい)(受精卵)の改変などには応用しないなど、モラトリアム(研究活動を一定期間、自発的に停止すること)を求める活動も始めた。そうしたなかで、2015年4月、中国の研究者が、このCRISPR/Cas9を使ってヒトの胚を操作して、遺伝性疾患の原因を排除したと発表。2018年にも同じ中国で、HIV(エイズウイルス)耐性遺伝子をもつ双子を誕生させたとの報告があり、世界中から非難を浴びている。
ダウドナは、2015年グルーバー賞(遺伝学部門)、マスリー賞、2016年ガードナー国際賞、2017年日本国際賞、2017年ディクソン賞(科学部門)、2018年カブリ賞(ナノ科学部門)、2020年ウルフ賞(医学部門)を受賞したほか、「ゲノム編集技術を開発した」功績で、シャルパンティエとともにノーベル化学賞を受賞した。
[玉村 治 2021年2月17日]