S&W(スミス・アンド・ウェッソン)銃器会社と並ぶアメリカ最大の銃器製造会社Colt's Patent Fire Arms. Co.(現、Colt's Manufacturing Company LLC)の創立者。コネティカット州ハートフォードに生まれる。16歳のとき船乗りになり、東インドへの航海中に独特の回転弾倉式連発拳銃(けんじゅう)(リボルバー)の特許をとり、1836年に雷管式リボルバーのパターソンモデルを製造した。以後ウォーカー(1847)、ドラグーン(1848)、ネービー(1851)、アーミー(1860)など各種リボルバーとリボルビング(回転弾倉式)ライフルを設計製造した。彼の会社は南北戦争(1861~1865)と西部開拓時代の波にのり生産は急増し、アメリカ最大の銃器会社に発展、現在でも各種拳銃をはじめライフル、機関銃の製造を続けている。
[小橋良夫]
アメリカの発明家,企業家。コネティカット州ハートフォードの生れ。商船の乗組員,染色工場の従業員,薬のセールスマンなどをしていたが,1834年銃工に依頼してリボルバー式拳銃を完成させ,35年にイギリスの,翌年アメリカの特許を得る。このコルトの拳銃は,撃鉄を起こすごとに弾丸の入ったシリンダーが回転し,弾丸を発射位置に送るもので,その考案は彼が商船に乗り組んでいたときになされたとされるが,真偽は不明。この特許によりリボルバー式拳銃の製造権を独占し,36年会社を設立。43年破産するが,メキシコ戦争により政府の受注を受け47年に再建,開拓時代の西部での需要増大に助けられ発展をとげた。コルトは部品を標準化し互換性を持たせ,流れ作業による大量生産方式を追求,特に55年ハートフォードに建設した工場は多数の専用工作機械を使用し,作業は自動ないし半自動化されて,その生産様式はアメリカの機械工業に影響を与えた。コルトは拳銃のほか,小銃の製作も行い,初期には機雷や電池の開発なども行った。なお,著名なコルトピースメーカーは彼が死後製造されたものである。彼の創設したコルト特許銃器は,スミス・アンド・ウェッソン(S & W)銃器会社と並んで,アメリカ最大の銃器製造会社となっている。
執筆者:大沢 郁甫
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…と同時に,その発展の場はアメリカへ移った。1834年S.コルトは,銃工ジョン・ピアソンの協力をえてパーカッション・リボルバー1号を完成,35‐36年にイギリス,アメリカ両国で回転式弾倉の特許を取得した。またコルトは1847年に陸軍から大量の拳銃を受注した際,かねてから着眼していたホイットニービルの工場と契約し,初めて拳銃量産化の道を開いた。…
※「コルト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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