日本大百科全書(ニッポニカ) 「サイクロトロン治療装置」の意味・わかりやすい解説
サイクロトロン治療装置
さいくろとろんちりょうそうち
cyclotron therapy equipment
イオン加速器であるサイクロトロンcyclotronを主体として放射線治療に用いられている装置をいう。サイクロトロンとは2個のDとよばれる半円形の真空箱を上下に大きな電磁石ではさみ強い磁場でイオンを回転させ、二つのDの間をイオンが通過するとき高圧高周波をかけて加速する装置である。速中性子線、陽子線、α(アルファ)線などの放射線がこの装置から発生する。速中性子線は、重水素原子核をサイクロトロンで加速し、ベリリウムなどの金属に当てると発生する。陽子線は、水素原子核をサイクロトロンで加速して取り出したものであり、α線は、ヘリウム原子核をサイクロトロンで加速して取り出したものである。これらの放射線で各種腫瘍(しゅよう)を照射して、治癒させようとするものである。
速中性子線は、生物学的効果比(RBE)が高い放射線治療として、とくに難治性がんに対する治療効果向上が期待され、女性性器がん、骨肉腫、頭頸(とうけい)部がん、悪性黒色腫、肺がん、軟組織肉腫などに用いられた。速中性子線は、非荷電粒子線であるため陽子線や炭素イオン線などの荷電粒子線が有するブラッグピークBragg peak(線量ピーク)を有さない。すなわち、X線やγ(ガンマ)線は体内に入ると数センチメートルでエネルギー投与が最大となり、その後徐々に弱くなりながら体外へと通過するのに対し、荷電粒子はある一定の深さでとどまり、その位置でエネルギー投与が最大となるため、目標以外の組織の損傷を軽減できるという特長をもつ。その臨床応用は1960年代後半~1970年代に世界各地で開始されたが、治療計画や位置照合など現在の放射線治療技術を有さない時期であったことから皮膚潰瘍などの障害が多く発生し、その後は陽子線を利用した治療が中心となった。
なお、放射線治療に用いられるイオン加速器にはサイクロトロンのほかにシンクロトロンがあり、サイクロトロンでは螺旋(らせん)軌道を描き、装置の内側から外側に向かって小さな円から大きな円を描きながらエネルギーが高まるのに対して、シンクロトロン加速装置ではほぼ一定の円軌道であり、磁場の強さが変化するのが特徴である。これらを利用した陽子線、重粒子線のビームを用いたがん治療は、2023年(令和5)7月現在、国内の25施設で実施されている。
[赤沼篤夫・石川 仁 2024年2月16日]