サリンジャー(読み)さりんじゃー(英語表記)Jerome David Salinger

日本大百科全書(ニッポニカ) 「サリンジャー」の意味・わかりやすい解説

サリンジャー
さりんじゃー
Jerome David Salinger
(1919―2010)

アメリカの小説家。1月1日ニューヨーク生まれ。父親はユダヤ人、母親はスコットランド系アイルランド人。1932年マンハッタンの名門校マクバーニー高校に入学するが1年後に退学、1934年バレー・フォージ陸軍幼年学校に入学、1936年に卒業。1939年コロンビア大学のホイット・バーネット教授の短編小説作法コースを受講、1940年同教授主宰の『ストーリー』誌に短編「若者たち」が初めて掲載された。第二次世界大戦時は志願してイギリス防諜(ぼうちょう)部隊に配属され、ノルマンディー上陸作戦に参加。従軍中に書き続けた短編をいくつかの雑誌に発表、除隊後は主として『ニューヨーカー』誌に作品を発表。1951年、10年間の労作『ライ麦畑でつかまえて』で一躍脚光を浴びた。この作品は冒涜(ぼうとく)的言辞頻出のかどで教育界から強い批判を浴び、批評家の評価も定まらなかったが、若者たちに熱狂的に迎えられ、現在では十数か国で翻訳されている。以来「バナナ・フイッシュ日和(びより)」「エズメのために」「笑い男」など旧作を集めた『九つの物語(ナイン・ストーリーズ)』(1953)出版のほかは沈黙を守っていたが、1955年「フラニー」を発表。これは以後「大工よ、屋根の梁(はり)を上げよ」(1955)、「ゾーイ」(1957)、「シーモア――序章」(1959)および「ハプワース16 1924」(1965)と続き、「グラースサガ」と通称される連作をなすものであるが、1961年に「フラニー」と「ゾーイ」の2作が『フラニーとゾーイ』として1冊にまとめられると、これも好評をもって迎えられた。「グラース・サガ」は、長男シーモア、次男バディを頂点とするグラース家7人の兄弟姉妹の物語。いずれも「豆博士」というラジオ番組出演の経験をもつ天才児で、強い結束を誇る個性的な一家である。そこでは多様な愛が語られるが、キリスト教から仏教、道教俳句まで含む古今東西のおびただしい書物からの引用があふれ、極度に洗練された文体や多彩な構成と相まって特異な魅力の世界が展開される。私生活では1953年に生まれ育ったニューヨークを離れ、ニュー・ハンプシャー州コーニッシュに移住、1965年の「ハプワース16 1924」以後は作品も発表しなくなり、完全に世間との交渉を絶って隠遁(いんとん)生活を送った。

[田中啓史]

『原田敬一訳『ハプワース16 1924』(1977・荒地出版社)』『鈴木武樹ほか訳『サリンジャー作品集』第1~6(1981・東京白川書院)』『野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』新装版(1988・白水社)』『刈田元司ほか訳『サリンジャー選集』全4巻・別巻1(1990・荒地出版社)』『野崎孝訳『ナイン・ストーリーズ』『フラニーとゾーイー』(新潮文庫)』『渥美昭夫著『アメリカ文学作家論選書 J・D・サリンジャー』(1977・冬樹社)』『利沢行夫著『サリンジャー――成熟への憧憬』(1978・冬樹社)』『繁尾久・武田勝彦著『サリンジャーの文学』増補版(1979・文建書房)』『ウォーレン・フレンチ著、田中啓史訳『サリンジャー研究』(1979・荒地出版社)』『繁尾久・佐藤アヤ子著『J.D.サリンジャー文学の研究』(1983・東京白川書院)』『渥美昭夫・井上謙治著『サリンジャーの世界』(1992・荒地出版社)』『高橋美恵子著『J・D・サリンジャー論』(1995・桐原書店)』『田中啓史著『ミステリアス・サリンジャー――隠されたものがたり』(1996・南雲堂)』『竹内康浩著『「ライ麦畑でつかまえて」についてもう何も言いたくない――サリンジャー解体新書』(1998・荒地出版社)』『田中啓史編著『サリンジャー イエローページ 作品別(1940~1965)』(2000・荒地出版社)』『イアン・ハミルトン著、海保真夫訳『サリンジャーをつかまえて』(文春文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サリンジャー」の意味・わかりやすい解説

サリンジャー
Salinger, J.D.

[生]1919.1.1. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]2010.1.27. ニューハンプシャー,コーニシュ
アメリカ合衆国の小説家。フルネーム Jerome David Salinger。ユダヤ系の父とアイルランド系の母の間に生まれた。名門私立校のマクバーニー高等学校から陸軍士官学校に転じ,短期間ニューヨーク大学とコロンビア大学に籍を置いた。1942~46年軍務についた。短編第一作『若い人たち』The Young Folksを 21歳で発表して以来,おもに雑誌『ニューヨーカー』で活躍。高校を放校になった少年の目から大人の世界を見た長編『ライ麦畑でつかまえて』The Catcher in the Rye(1951)で一躍文壇の寵児となり,その繊細な感覚と独特の語り口で,特に若い世代の心を強くとらえた。その後は隠遁した生活を送り,寡作で,『ニューヨーカー』に発表した旧作を集めた『ナイン・ストーリーズ』Nine Stories(1953),『フラニーとゾーイー』Franny and Zooey(1961),『大工よ,屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』Raise High the Roof Beam,Carpenters; and Seymour: An Introduction(1963)を出版しただけである。最後の 2作や単行本未収録の短編『ハプワース16 一九二四』Hapworth16, 1924(1965)はグラース家の 7人兄妹を中心に「グラース・サガ」を構築する連作の一部として書かれており,神秘的,宗教的な色調の深まった作品となった。(→アメリカ文学

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