日本大百科全書(ニッポニカ) 「サルモネラ腸炎」の意味・わかりやすい解説
サルモネラ腸炎
さるもねらちょうえん
サルモネラ菌に汚染された飲食物を摂取後に発症する急性腸炎をいい、サルモネラ食中毒またはサルモネラ菌食中毒ともよばれる。
サルモネラ菌は2000種類ぐらいある。そのうち腸チフス菌とパラチフスA菌は伝染力が強いうえ、経口感染したのち血液の流れに入って増殖し、発熱その他の重い全身症状をおこすので、それぞれ独立の病気とされ、感染症予防・医療法(感染症法)により、それぞれ3類感染症として扱われる。それ以外のサルモネラ菌(パラチフスB、Cなども含む)は経口感染したのち腸管内で増殖し、生じた毒素によって小腸の粘膜に炎症をおこし、発熱、嘔吐(おうと)、下痢など急性胃腸炎型の食中毒症状を呈するので、サルモネラ症(サルモネラ腸炎あるいはサルモネラ菌食中毒)として扱われる。
多数のサルモネラ菌のうち、サルモネラ腸炎の起炎菌としては、国内感染例ではSalmonella typhimurium, S. enteritidis, S. litchfield, S. braenderup, S. infantis, S. thompsonなどが多く、海外感染(輸入)例ではS. anatum, S. derby, S. agonaなどが多数検出されている。
[柳下徳雄]
発生状況
年間を通じて発生するが、多発するのは5~10月の間である。集団発生のほか散発的な発生もあり、すべての年齢層の人がかかるが好発年齢は5歳以下の幼児である。日本の細菌性食中毒のなかでは、カンピロバクターに次いで罹患(りかん)者数が毎年多い。
[柳下徳雄]
症状
潜伏期は10~20時間で、成人の場合は発熱、嘔吐(おうと)、腹痛、下痢を主徴とする。初発症状は悪心(おしん)や嘔吐で始まるが、下痢を主とすることもある。腹痛と下痢の程度は多様であり、軽い腹痛と数回の軟便程度から激しい腹痛と1日30~40回にも及ぶ水様便がみられ、ショック状態になることもある。発熱は通常38~39℃で、悪寒を伴うこともある。予後は一般に良好で、3~5日で自然治癒に向かうことが多い。しかし、幼児や高齢者では、成人にみられる症状のほか、けいれん、ショック症状も現れやすく重症になることがあり、ときに死亡例もみられる。
[柳下徳雄]
治療
治療としては、脱水症状と電解質障害に対し輸液を行う。重症例では抗菌薬のニューキノロン(ピリドンカルボン酸)系の薬剤(レボフロキサシン=クラビットやトシル酸トスフロキサシン=オゼックス)の内服を行う。症状が回復しても排菌が長期間にわたることが多いので注意を要する。
[柳下徳雄]
予防
サルモネラ菌は患者や保菌者の糞便(ふんべん)中に排出されるほか、イヌ、ネコ、ニワトリなども保菌動物になる。ネズミやゴキブリはサルモネラ菌を排出するだけでなく、運搬もするので、食品は汚染されないよう貯蔵する。汚染された食肉が市販されたり、鶏卵の殻に菌がついていることもあるので、加熱調理が望ましい。また、サルモネラ食中毒は集団発生することが多いので、食品加工業者の衛生面の改善、調理人の健康管理と手洗いの励行が重要である。
[柳下徳雄]
『坂崎利一・田村和満著『腸内細菌 上 概論 Salmonella属』第3版(1992・近代出版)』▽『郡司和夫著『調理師さん卵料理にご用心――サルモネラ菌食中毒 大発生の恐れ』(1997・ナショナル出版)』▽『食べもの文化編集部編『O157、サルモネラ食中毒から子どもを守る――集団の食事では家庭では』(1998・芽ばえ社)』▽『ニコルズ・フォックス著、高橋健次訳『食品汚染がヒトを襲う――O157からスーパーサルモネラまで』(1998・草思社)』