ベトナムの行政の最小単位。大きなサーはトン(村)に分かれる。普通は非漢語系のラン(村落)という呼称を使う。14世紀以前の実態はほとんど不明。15世紀前半のサーは実際の村落規模にほぼ一致していたらしいが,11~14世紀同様,朝廷任命の社官が管掌した。15世紀後半に社官が村代表的な社長に代えられ,16世紀の政治混乱で公田が村落共有地化すると,村老と有力者の自治管理する社村が現れる。村落は地縁的で,年齢階梯・相互扶助等の組織をもつ。中心は守護神タインホアン(城隍)をまつる共同家屋のディン(亭)で,サーやトンに普通1軒ずつある。16世紀後半に守護神の中央統制が図られたが,それ以前のサーの編成管理とディンとの関係は不明。自然力,神話・歴史の英雄・賢人,性器,聖なる時に死んだ肥取夫,泥棒,乞食等を神としてまつる。神に報告して新生児や7歳男子はトンに組み込まれ,死者はトンを離れる。ディンは会議,裁判,処罰の場,官僚や王の宿場であり,年祭は女を排す。女の場は市場,仏寺,女シャーマン会所等の間村落的世界にある。サー,トンの政治・宗教的中心としてのディンは少数民族の共同家屋と共通点をもつ。ディン建築に見える高床要素は古代の名ごりとも解せる。他方,ベトナムを支配下に入れた漢には官僚宿泊所で祠も付く亭があり,幽霊の多い楼屋建築だった。中国の社は土地神だが人神の祠ともなり,共同体生活の中心だった。いつ,どういうふうに重なったのかわからないが,名称の転用の背後に土着と外来の制度間の内容的な類似があったのであろう。
執筆者:宇野 公一郎
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