ジャーギール(読み)じゃーぎーる(英語表記)jāgīr

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジャーギール」の意味・わかりやすい解説

ジャーギール
じゃーぎーる
jāgīr

インド、ムガル帝国給与地、知行地。ムガル皇帝は、皇族高官から下級官吏に至るまで帝国の禄位(ろくい)(マンサブ)を与えて禄位保持者(マンサブダール)に任じたが、彼ら各人に禄位に見合う給与として与えられた土地がジャーギールで、受給者をジャーギールダールとよぶ。彼らはそれに相応した数の兵馬の維持と従軍の義務を負った。ジャーギールは原理的には封土(フィーフ)でも行政単位でもなく、その土地からの地租の収取権が与えられたにすぎず、行政は中央政府の正規の官吏によって行われた。またジャーギールは長くて3、4年間の保持を限度としてつねに所替えがなされ、受給者の土着化を防いだが、かえって農民に対する無責任な収奪を促したとされる。なお、特殊なものとして、帝国に服属、出仕する諸王に安堵(あんど)された所領をワタン・ジャーギールとよび、これは世襲であった。帝国衰退期には給与地世襲化傾向が強まり、独立国家が生まれたが、それらにおいても、また帝国内の諸王国においても、ジャーギール制は模倣された。なお、ジャーギール制は、デリー・サルタナットやムスリム諸国の給与地制(イクター制)を継承、発展させたものである。

長島 弘]

『松井透・山崎利男編『インド史における土地制度と権力構造』(1969・東京大学出版会)』『佐藤正哲著『ムガル期インドの国家と社会』(1982・春秋社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「ジャーギール」の意味・わかりやすい解説

ジャーギール
jāgīr

インド,ムガル帝国時代の給与地。原語はペルシア語jā(〈場所〉の意)とgīr(gireftan〈取る〉の語根)からできた複合語。第3代皇帝アクバル時代中期の1570年代半ばに,徴税・軍制度の大改革が行われ,80年代以降に確立した制度では,軍人役人の給与は原則としてジャーギールによって支払われることになった。ジャーギールを持つ者を〈ジャーギールダールjāgīrdār〉と呼ぶ。軍人・役人は位階づけられ,それぞれ個人ごとに年額給与が定められた。また,一定数の騎馬兵士の保持が義務づけられ,その数に応じた手当が決められた。個人の給与とこの手当の合計がルピー(またはダーム=1/40ルピー)で表示され,その額に相当する税収のある土地をジャーギールとして与えたわけである。土地は1ヵ所とは限らず,ふつう分散していた。ジャーギールダールは通常給与地に赴かず,派遣された配下の代官が管理した。また2~3年に1度ジャーギールの交替が行われたから,ジャーギールダールは給与地との結びつきを持たなかった。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

山川 世界史小辞典 改訂新版 「ジャーギール」の解説

ジャーギール
jāgīr

インド,ムガル帝国などの官僚に与えられた給与地。同朝の官僚には,禄位(マンサブ)に応じて給与の額と保持すべき騎兵の数が定められていたが,その給与は一般に現金でなくジャーギールの形で与えられた。厳密にはこれは領地ではなく,給与額にみあう地租の徴収のみを認められた土地にすぎず,その土地の行政は地方行政官が行った。官僚の土着化を防止するために,ジャーギールは一般に3~4年ごとに所替えされたが,それがかえって官僚の農民に対する無責任な収奪を促したともいわれる。なお,ムガル帝国に服属するラージプート諸王などに安堵された所領は世襲であった。これら諸王やムガル帝国末期の各地の独立政権も,それぞれ領内にジャーギール制を導入し,王権の強化を図った。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ジャーギール」の意味・わかりやすい解説

ジャーギール
jāgīr

インド,ムスリム諸王朝のもとで臣下に与えられた一種の封土。原義はペルシア語で「土地」 jā,「取る」 gīrの意味。ムガル帝国以前はこのような封土はイクターと呼ばれるほうが多かったようであるが,ムガル帝国時代以後一般的に用いられた。ムガル帝国の領土は直轄地ハーリセとジャーギールに分けられ,ジャーギール所有者 (ジャーギールダール) はその土地に対する徴税権,一般行政権を与えられたが,しばしば短期間で所有者が変えられた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のジャーギールの言及

【ムガル帝国】より

…帝国領の各地には北インドも含め有力なヒンドゥー・ラージャ(王)がおり,彼らに対しては間接支配を行うのみであり,とくにラージャスターンではムガル支配層はラージャたちと同盟関係を結び,彼らの領域内の統治に介入しないことが普通であった。帝国領内の土地は給与地(ジャーギール)と政府領地(ハーリサ)とにほぼ大別されるが,大部分を占めるのはジャーギールであり,ここからあがる税収分は,部将・高官たちの帝国統治や軍務のための給与として与えられた。 ムガルの官僚はマンサブダーリー制によって組織された。…

※「ジャーギール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android