改訂新版 世界大百科事典 「ジャーヒリーヤ」の意味・わかりやすい解説
ジャーヒリーヤ
jāhilīya
〈無知〉を意味するアラビア語。イスラムに対比して用いられ,預言者ムハンマドに啓示が下る以前の,まだイスラムを知らないアラブの状態をいう。歴史用語としては,ムハンマドの時代に先行する約150年間のアラブ社会を指す場合が多い。その意味でのジャーヒリーヤ時代では,遊牧民的価値観が優越していた。当時のアラビアには,農民も商人も少なからずいたが,ラクダを飼養する遊牧民(ベドウィン)が代表的なアラブであるとみなされていたのである。政治的にはササン朝ペルシア帝国の支配がアラビア半島のかなりの部分を覆い,またビザンティン帝国の支配も一部の地帯に及び,さらに南アラビアの王国,ガッサーン朝,ラフム朝などのアラブの王国も存在した。しかし,このような現実とは別に,遊牧民的価値観のもとでは,人々の生活は政治権力の支配とは無縁のところにあるとされた。人々は家族・氏族・部族という血縁に基づく重層的で自立的な社会集団を形づくり,その枠内で生活することが理想とされた。現実には権力支配を求める戦争も,部族の名誉のための男のスポーツとして美化された。このような価値観を広めたのは主として詩人であった。この時代は,詩人によってアラビア語がアラブ社会の共通語として形成された時代でもあった。詩人がアラビア語と遊牧民的価値観をアラブ社会に広めていた時代が,ジャーヒリーヤ時代であるともいえる。
執筆者:後藤 晃
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報