日本大百科全書(ニッポニカ) 「スタイロン」の意味・わかりやすい解説
スタイロン
すたいろん
William Styron
(1925―2006)
アメリカの作家。バージニア州の大西洋岸、ニューポート・ニューズに生まれる。デューク大学在学中海兵隊に入り、太平洋戦争の終戦を沖縄で迎える。戦後大学を卒業し、編集者を経て長編小説『闇(やみ)の中に横たわりて』(1951)で一躍注目を浴びる。中編『長い行進(ロング・マーチ)』(1953)は、朝鮮戦争下の南部における海兵隊の36マイル行進を題材に軍隊内の人間関係を描いたもの。『この家に火をつけよ』(1960)は、イタリア南部保養地での3人のアメリカ青年のかかわった殺人事件を軸に、芸術家の苦悩、思想の問題を回想的に追求した意欲作。ピュリッツァー賞を受賞した『ナット・ターナーの告白』(1967)は、1831年にバージニアで発生した黒人の反乱を、首謀者の視点からノンフィクションタッチで再現したもの。「おざなりな黒人像」と、ある黒人批評家の非難を浴びて物議を醸した。このように南部にまつわるさまざまな問題に真摯(しんし)に取り組んできたが、次の『ソフィーの選択』(1979)は北部に舞台を移し、さらに視野を広げ、戦争世紀の20世紀の人間の条件を、非ユダヤ人でありながらアウシュウィッツの恐怖を体験した一女性の生き方を活写することによって追求した。戦争直後の作者自身のニューヨーク体験が下敷きとなっている。ほかに南部の海軍病院を舞台とした喜劇『野戦病院にて』(1973)がある。スタイロンは、平穏な生き方の背後に潜む暴力を、犠牲者の心理を通して描くことを得意とした。1984年(昭和59)国際ペンクラブ大会のゲストとして来日、精力的に講演活動を行った。
[金敷 力]
『須山静夫訳『ロング・マーチ』(1969・晶文社)』▽『大橋吉之輔訳『ナット・ターナーの告白』(1979・河出書房新社)』▽『大浦暁生訳『ソフィーの選択』全2冊(1983・新潮社)』▽『大浦暁生訳『見える暗闇』(1992・新潮社)』▽『大浦暁生訳『タイドウォーターの朝』(1999・新潮社)』▽『須山静夫訳『闇の中に横たわりて』新装復刊(2001・白水社)』▽『中村紘一著『アメリカ南部小説の愉しみ――ウィリアム・スタイロン』(1995・臨川書店)』