ドナウ川以北,カルパチ山脈を含む地域の古代の名。現在のルーマニアにあたる。金銀の豊かな地方で,前3世紀ころからギリシア世界と交渉があった。ゲタエ族,ダキア族が諸部族に分かれて住み,農耕を営んでいたが,トラキアがローマの支配下にはいると,前60年ころ首長ブレビスタBurebistaが諸部族を統合する国家をつくった。ローマ軍の侵略に,王デケバルスDecebalusは頑強な抵抗ののち敗れ,106年ダキアはローマの属州となった。トラヤヌス帝はローマ市に戦勝記念柱を建て,戦争の状況を浮彫にきざんだ。ローマは北東国境の防衛拠点ダキアに4万の軍隊を配備し,都市をつくってローマ人植民を送りこみ,ラテン語を流通させるなどローマ化をはかり,ローマ人とダキア人との同化も進んだ。3世紀後半には,外民族の侵入や国境線縮小のためローマはドナウ川以南に撤退し,属州は消滅した。ローマ化した住民は,その後もラテン的な特徴を保持しつづけた。
執筆者:土井 正興
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古代ローマの属州。ヨーロッパ南東部、ドナウ川下流湾曲部の北岸の地域。おおよそ現在のルーマニアにあたる。ダキア人は農耕民族で、紀元前4世紀にケルト文化を吸収し、カルパティア山脈の金・銀・鉄の鉱山を開発、前300年ごろからギリシア人と、前2世紀からはイリリクムのギリシア人諸都市やイタリア商人とも交易した。主要な輸入品はワインであった。分裂していたダキアの諸部族は前60年ごろブレビスタスBurebistasにより統一され、彼のもとでケルト人やイリリア人を征服してローマの属州マケドニアを脅かすまでになったが、彼の死後内部抗争により力は衰えた。紀元後1世紀末にデケバルスDecebalusのもとで軍事力は再興。ローマによるダキア征服はトラヤヌス帝の二度にわたるダキア戦争(101~102、105~106)により行われた。この戦争の模様はローマにあるトラヤヌスの記念柱に彫られている。イリリクムや東部諸属州からの人口流入で都市が発展したが、3世紀中ごろのゴート人の侵入の結果、アウレリアヌス帝は270年ごろダキアを放棄。4世紀にはダキアという名称はドナウ川下流南岸沿いのローマの属州名として使われた。
[市川雅俊]
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…歴史的にはこのビホル県と現ハンガリー領のハイドゥー・ビハルHajdú‐Bihar県にまたがる地方をいう。古代にトランシルバニアにダキア王国が成立した時代,ここにもダキア人が居住し,ローマのダキア征服後もこの地方はローマの属州とはならず,自由ダキア人が住んでいた。4~9世紀の民族移動期ののち,10世紀にはビホル城を根拠として原住民(ブラフ人とスラブ人)の同盟の長であるメヌモルトMenumorutがこの一帯を支配していたことが年代記に記されている。…
…またトランシルバニアやワラキアのルーマニア人との交流が絶えなかったこともモルドバの歴史に重要な意味をもっている。
[諸民族の流入]
古代にはこの地域にスキタイやトラキア人が居住していたが,前1世紀トラキア人の一支族ダキア人の王国が形成されると,その領土となった。106年ダキアはローマ帝国に滅ぼされ属州ダキアとなった。…
… ワラキアという名称はおもに外国人によって用いられたもので,現在のルーマニア人はこれをオルト川を境にムンテニアMuntenia地方とオルテニアOltenia地方に分けて呼んでいるが,歴史上はツァーラ・ロムネヤスカTara Româneascǎ(〈ローマ人の国〉の意)と呼ばれてきた。中世このあたりに住んでいたスラブ人が,ダキア・ローマ人の子孫でロマンス語系の言葉を話す人びとをブラフ人Vlah,Valahと呼んだところからブラフ人の国,つまりワラキアという言葉が生まれ,それがビザンティン帝国や西欧へひろまったのである。ブラフ人という言葉はその時代により,(1)原ルーマニア人を指す場合,(2)一般にルーマニア人を指す場合,(3)ワラキア公国の住民を指す場合とに大別される。…
※「ダキア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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