一般に,男性の〈一分の隙もない身だしなみ〉〈伊達(だて)好み〉の気風や美意識を意味する語。ダンディズムの実践者はダンディdandyという。英語起源の言葉で,18世紀の終りころ新造語として登場,19世紀初頭から中葉にかけて広く普及し,ヨーロッパ諸国語においても用いられるに至った。本来,フランス王朝風俗に影響された華美・柔弱な18世紀男子服に対する反動として,イギリスのジェントリー層(ジェントルマン)に生まれた,ダーク・カラーを基調とする狩猟着にお洒落(しやれ)の真髄を見いだそうとする趣味に端を発している。ダンディズムを芝居がかったかたちで実践し,さらに一つの理念にまで発展させ,それによってイギリス社交界に〈手本〉として君臨したのみならず,全ヨーロッパにまでも盛名をはせたのは,〈伊達者(ザ・ボー)〉G.ブランメルである。彼が出現するに及んで,イギリス貴族階級の間に,バイロン卿をはじめとする,ブランメルの崇拝者,模倣者が輩出し,この風潮は海外に波及し,19世紀ヨーロッパの美意識全般に大きな影響を及ぼした。
ブランメルの掲げたダンディズムの理想は,(1)身につける衣服は目だつものであってはならぬ,(2)はでな色彩・模様は避けよ,(3)仕立てには一分のたるみもあってはならぬ,というものであった。すなわち,当時勃興しつつあった近代産業社会を支える〈貪欲〉〈発展〉〈労働〉の基本理念に対して,〈禁欲〉〈寡黙〉〈無為〉を対立させたものであり,このダンディズムの精神的側面は,その後2人の輝かしき理論家,ボードレール,バルベー・ドールビイのなかで,ロマン主義的反逆と結びつき,美的・倫理的範疇に属する一種の哲学のレベルにまで引き上げられる。彼らに従えば,ダンディズムとは,衣服,立居振舞など,個人の外観に異例の重要性を認めるものではあるが,一分の隙もない服装,端正な挙止は,〈意志を鍛え,魂を訓練する体操にほかならない〉(ボードレール)。すなわちダンディズムとは,〈一つのあり方全体である。けだし人間は具体的に目に見える側面だけで存在するものではないからだ〉(バルベー・ドールビイ)。換言すれば,ダンディズムとは,民主主義社会における,身分以外の価値に支えられた,〈一種の新しい貴族主義,退廃期における英雄主義の最後のかがやき〉(ボードレール)とでもいうべきものである。
ボードレール,バルベー・ドールビイに代表される,フランスにおけるダンディズム流行のきざしは,すでにフランス大革命の直後から現れ出していたが,シャトーブリアン,スタンダール,バルザックら著名な文学者の支持を得てその威光に支えられ,このイギリス渡来の新しい行動様式は,イギリス本国においてよりもフランスにおいてあまねく知的階層の間に浸透した。そして19世紀後半のフランス文壇に数多くダンディズムの使徒を見いだし,この傾向はその後も世紀末の作家たちを経て,1920年代のシュルレアリストたちに受け継がれる。
しかし,第1次大戦後,個人主義に対立する集団的思考の台頭,民主主義の決定的勝利とともに,この貴族主義の最後の末裔たちは衰退の一路をたどりはじめる。
執筆者:生田 耕作
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