リケッチア(読み)りけっちあ(英語表記)rickettsia

翻訳|rickettsia

日本大百科全書(ニッポニカ) 「リケッチア」の意味・わかりやすい解説

リケッチア
りけっちあ
rickettsia

一般の細菌より小形で、通常の細菌濾過(ろか)器では分離できない一群微生物をいう。リケッチアは地球上に発生した当初、節足動物に感染し増殖を続けたため、核酸合成系が欠損したものと考えられている。リケッチアには絶対寄生性のものが多く、自然界ではネズミウサギなどが保有動物となり、ノミ、ダニシラミなどの節足動物が媒介者となってヒトに感染する。リケッチアの名は、発疹(はっしん)チフスの患者に付着していたシラミの腸管内に新しい微生物をとらえ、発疹チフスの研究に自分の命を捧(ささ)げたアメリカのリケッツHoward Taylor Ricketts(1871―1910)とドイツのプロワセックStanislaus von Prowazek(1876―1915)の業績を記念して、その生物にRickettsia prowazekiiの学名を与えた(1916)ことによっている。それ以来、類似の微生物をリケッチアとよぶようになり、多くの研究が進められてきた。

[曽根田正己]

分類

最近の分類では、リケッチア類をリケッチア目Rickettsiasリケッチア科とし、さらにリケッチア族Rickettsieae、エールリッキア族Ehrlichieae、ウオルバッキア族Wolbachieaeを設けている。リケッチア族にはリケッチア属Rickettsia、オリエンティア属Orientia、バルトネラ属Bartonella、コクシエラ属Coxiellaの4属が含まれている。リケッチア属の概念のなかには、偏性細胞寄生性であって人工培地では増殖できないこと、二分裂法により増殖すること、感染にはかならず節足動物を媒介者(ベクター)とすること、ペプチドグリカンを骨格とする細胞壁があることなどの性質がある。このため、Q熱の病原体はリケッチア属(Rickettsia burnettii)からコクシエラ属(Coxiella burnetii)に移行、塹壕(ざんごう)熱(五日(いつか)熱)の病原体はリケッチア属(Rickettsia quintana)からロカリメア属(Rochalimaea quintana)へ、そして、この属はバルトネラ属に統合されたため、Bartonella quintanaへ移行している。つつが虫病の病原体はリケッチア属(Rickettsia tsutsugamushi)からオリエンティア属(Orientia tsutsugamushi)に移行された。このように属の見直しや変更があったが、いまもなお分類は安定したものではない。

 ヒトに対する代表的な病原性リケッチアをあげると次のようになる。

(1)発疹チフスリケッチアRickettsia prowazekii(発疹チフスの病原体。保有者はヒトのみで、媒介者はコロモジラミ)。

(2)発疹熱リケッチアR. typhi(発疹熱の病原体。保有動物はネズミ、媒介者はネズミノミ)。

(3)つつが虫病リケッチアO. tsutsugamushi(つつが虫病の病原体。保有動物はノネズミ、媒介者は日本ではアカツツガムシが多く、東南アジアおよび南太平洋諸島などではダニ)。

(4)ロッキー山紅斑(こうはん)熱リケッチアR. rickettsiiロッキー山脈中南米にみられる紅斑熱の病原体。保有動物はウサギ、ノネズミ、イヌで、媒介者はマダニ)。

(5)Q熱リケッチアC. burnetti(Q熱の病原体。保有動物はヒツジ、ウシ、ヤギで、媒介者はマダニ。ヒトでは肺炎をおこす。ときにはベクターなしでも伝播(でんぱ)する)。

(6)バルトネラ・クインタナB. quintana(五日熱の病原体で、感染すると5日ごとに発熱する。媒介者はシラミであるが、人工無細胞培地で培養ができる)。

(7)エールリッキア・セネッツEhrlichia sennetsu腺熱(せんねつ)の病原体。保有動物や媒介者は不明である)。

[曽根田正己]

形態と培養性質

リケッチアの大きさは0.3~0.6×0.8~2マイクロメートル(1マイクロメートルは100万分の1メートル)と、一般細菌よりも小形である。グラム陰性で、ギムザ染色で赤紫色に染まる。ギムザ染色法Giemsa's staining method(ギームザ染色法ともいう)は、クラミジア、リケッチアなどを確認するための染色法で、メチレンブルーとエオジンの混合液を使用する。現在は改良型のものが使用されている。一般に多形態性であるが、基本形は桿菌(かんきん)状または球菌状。ときには連鎖することもある。鞭毛(べんもう)や芽胞(がほう)形成はない。電子顕微鏡では細胞壁に囲まれた細胞構造が認められる。細胞内には、DNA(デオキシリボ核酸)、RNA(リボ核酸)をともに含む。

 リケッチアは二分裂によって増殖するが、通常は生きた細胞内でのみ発育が認められる。培養の際、発育鶏卵漿尿(しょうにょう)膜chorio-allantoic membrane(漿膜と尿膜が結合した膜)はよい増殖部位となる(なお、リケッチア属は偏性細胞内寄生であるが、その理由についてはまだ不明である)。宿主(しゅくしゅ)(寄生対象となる生物)から分離されたリケッチア細胞の混濁液はグルタミン酸をトリカルボン酸回路(TCA回路)によって酸化することができる。このことから、細胞にはエネルギー獲得代謝系の自律性のあることがわかる。しかし、宿主から出た細胞は生存能力を喪失する。一方、この混濁液に、ある種の宿主の生産する補酵素を添加すると細胞を生存させることができる。この補酵素は、通常、無傷の細胞膜を透過することができないため、リケッチアの細胞膜は、宿主のなかにおいて補酵素やその他の生育に必要とされる物質を取り込むことができるよう変化する(それが正常であるとも考えられるが)ものと推察されている。

[曽根田正己]

生物学的性状と病原性

発疹チフスリケッチアの仲間は細胞質内で増殖し、紅斑熱リケッチアの仲間は細胞核内でも増殖し、つつが虫病リケッチアの仲間は核の周辺部位で増殖する。リケッチアは核酸合成系を欠くが、ATPアーゼ(アデノシン三リン酸フォスファターゼ)などをもち、タンパク質合成もある程度行われる。

 リケッチアのヒトに対する病原性はかなり強いが、回復患者では著しい感染免疫が成立する。完治後もリケッチアがリンパ節などに残っていることもある。腸内細菌科の1菌属であるプロテウスProteusとリケッチアは共通抗原があるので、プロテウスOX2、OX19、OXKの3種を用いた凝集反応によって、血中の抗体を判別し、リケッチア症の診断に用いることができる(これをワイル‐フェリックスWeil‐Felix反応という)。

 また、リケッチアの病原性の確認のためには、実験動物であるモルモットが用いられる。とくに雄のモルモットの腹腔(ふくくう)内にリケッチアを接種すると、陰嚢(いんのう)に発赤、腫脹(しゅちょう)がみられ、精巣鞘膜(しょうまく)にリケッチアが出現する。この反応によってリケッチアの病原性が鑑別される(これをニール‐ムーザーNeil‐Mooser反応という)。

[曽根田正己]

『金井興美他編『微生物検査必携 ウイルス・クラミジア・リケッチア検査』第3版(1993・日本公衆衛生協会)』『下山孝監修、谷田憲俊著『感染症学』(1998・診断と治療社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「リケッチア」の意味・わかりやすい解説

リケッチア
rickettsia

リケッチア目に分類される非常に小さなグラム陰性の細菌群。かつてはウイルスに近いものと考えられていたが,構造,核酸構成,分裂形式などで一般細菌と大差ないことが判明したので,細菌として取扱われるようになった。しかし,生物学的活性はきわめて弱く,ウイルスと同様に厳性細胞寄生性で,人工培地では発育できず,ほとんどが生体細胞の細胞質内で増殖するという特徴がある。自然条件下では節足動物の腸管に生息しているものが多い。3科に分けられるが,リケッチア科に属するリケッチア属とコクシェラ属が重要。リケッチア属によるヒトの病気には,発疹熱,発疹チフス,恙虫病,ロッキー山紅斑熱,リケッチア性痘瘡などがあり,いずれもシラミ,ノミ,ダニなどの昆虫によってヒトに媒介される。コクシェラ属による病気にはQ熱がある。

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