改訂新版 世界大百科事典 「チャレンジャー号」の意味・わかりやすい解説
チャレンジャー号 (チャレンジャーごう)
Challenger
イギリスの軍艦,海洋調査船につけられた名前。1872-76年に初めて世界周航の海洋調査を行ったチャレンジャー6世号,1950-52年に世界周航の調査を行ったチャレンジャー8世号などがあり,84年現在,チャレンジャー号の名は小型の海洋調査船に引きつがれている。以下では最も著名なチャレンジャー6世号について述べる。
チャレンジャー6世号は軍艦で,1872年から76年に,太平洋,大西洋,インド洋,南極海について行った深海の探検が,近代海洋科学の基礎を築いたことで有名。排水量2306トン,船長220フィート,船幅30フィート,1234馬力の蒸気補助機関をもつ帆船。このチャレンジャー6世号探検が行われるようになったのは次の経緯による。イギリス海洋生物学の草分けといえるフォーブズE.Forbesは1840年ころ,海では深さとともに生物が減り,300ファゾム(fathom。1ファゾムは約1.8m)以深は無生物帯である,とした。ところが,ノルウェーのサルスM.Sarsは1850年,300ファゾム以深の海から19種もの生物を発見し,その後も無生物帯説に反する観測結果が次々と出てきた。従来,化石記録などで知られていた生物を深海から採集し,この問題に興味を持つようになっていたロンドン大学学長のカーペンターW.Carpenterは1871年,ローヤル・ソサエティでイギリス政府が世界周回深海探検船を派遣する必要を力説,これが取り上げられ,探検実現の運びとなったのである。
この探検にはエジンバラ大学のC.W.トムソン(博物学)を隊長とし,マレーJ.Murray(海洋地質学),モズリーH.Mosley(生物学)などが参加,プリマス港を出港して同港にもどるまで,航跡は6万8890カイリ,洋上で過ごした日数727日,深海測深数492,測温採水点263,採泥数133,トロールびき151回に達した。この膨大な資料の解析や研究に伴い,エジンバラ大学はその後20年間,世界の海洋研究の中心となった。その成果は50巻にのぼる報告書として1880-95年に刊行され,その後ながらく海洋研究の宝典となった。おもな結果は,例えば,ディットマーの原理として知られている〈海水中塩分の化学成分相互比は塩分総量のいかんによらず世界の海でほぼ一定〉という法則の発見,深海動物の新種約3500の発見,大洋の最深部にさえも下等の動物から魚類に至る多種類の動物が棲息し,どれも原始状態のものではないという知見への到達,1万3000にのぼる底質標本の採集,洋上の地磁気の測定に基づく磁針偏差分布図の作成,島や岩礁の正確な位置の確定,100ファゾム以深では水温はほとんど季節変化しないことの発見,などである。
執筆者:寺本 俊彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報