オーストリアの小説家。富裕なユダヤ人の子としてウィーンに生まれる。新ロマン主義の影響を受け、20歳のとき詩集『銀の弦(げん)』(1901)で文壇に登場。世界各地を旅行し、ベルハーレン、ロマン・ロランなど著名な同時代人と親交を結び、人道的平和主義の立場からすでに第一次世界大戦中、反戦運動に加わる。創作活動は叙情詩、戯曲、小説、評論と多岐にわたるが、なかでも『心の焦燥』(1938)など異常な状況下の人間の心のひだをフロイトの精神分析風に追究した多数の心理小説および『フーシェ』(1929)、『マリー・アントワネット』(1932)、『エラスムスの勝利と悲劇』(1934)など感情移入の才がみごとに発揮された伝記小説は、世界中に愛読者を獲得する。また、フランス象徴派詩人の翻訳や『三人の巨匠』(1920)、『ロマン・ロラン』(1921)、『三人の自伝作家』(1928)、『バルザック』(1946)などの評伝によって外国文学の紹介に努める一方、情熱的な講演者としてしばしば聴衆を魅了する。ナチスの台頭後住み慣れたザルツブルクを去り、イギリス、アメリカを経てブラジルに渡るが、作中人物に似て生来焦燥に駆られる多感な人であったこの「国際人」は、心のよりどころであるヨーロッパ文化の破壊を嘆き、亡命の孤独に耐えかねて若妻とともに自ら生命を絶つ。
[吉田正勝]
『『シュテファン・ツヴァイク全集』全21巻(1973~76・みすず書房)』▽『飯塚信雄著『ヨーロッパ教養世界の没落 シュテファン・ツヴァイクの思想と生涯』(1967・理想社)』
ドイツの小説家。シュレジアのグローガウ(現ポーランド領)に生まれる。芸術至上主義的な小説『クラウディアをめぐるノベレ』(1912)などで注目されたのち、第一次世界大戦の体験から連作『白人たちの大戦争』を生涯にわたって書き続けた。第一作『グリーシャ軍曹をめぐる争い』(1928)は無実のロシア人捕虜の処刑を扱い、「国家がすべてで、個人は虱(しらみ)のごときもの」という将軍に代表される戦争遂行者の残酷さを暴き、国際的反響をよぶ。そして三部作の予定が七巻に広がり(第七巻は未完)、大戦前夜から1918年の革命期までを描く。33年パレスチナに亡命するがシオニズムに失望。48年ベルリンに帰り、ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)を代表する作家として活躍した。
[長橋芙美子]
オーストリアの作家。富裕なユダヤ人実業家の子としてウィーンに生まれた。新ロマン主義の詩人として文学的な出発をしたが,その活動はすこぶる多角的で,詩,戯曲,翻訳,小説,評論,伝記など,文学のほとんどあらゆる分野にわたっている。文学的にはホフマンスタール,ベルハーレン,フロイトらの影響を受け,ロマン・ロランとは第1次大戦中にスイスで親交を結び,共に平和運動にたずさわった。作家としてだけではなく,国際的な知識人,代表的ヨーロッパ人としても彼の存在は重きをなした。大戦後まもなくファシズムの暗い影がヨーロッパを覆い始め,平和主義者でありユダヤ人である彼は身の危険を感じて,1919年以来住み慣れたザルツブルクを去って35年にイギリスへ,41年アメリカへ,さらにブラジルへと亡命したが,ついに精神的不安を克服することができず,42年にリオ・デ・ジャネイロ近郊ペトロポリスで第2の妻ロッテと共に服毒自殺をとげた。彼の作品は多数にのぼるが,感情移入の能力,博読多識,収集癖,よい意味での詮索好きなど,彼の特質が存分に発揮された伝記小説の分野にすぐれたものが多い。《ジョゼフ・フーシェ》(1929),《マリー・アントアネット》(1932),《エラスムスの勝利と悲劇》(1934),遺稿《バルザック》(1946)などがそれであるが,古きよきヨーロッパをなつかしむ長編評論《昨日の世界》(1944)も逸することのできない作品である。
執筆者:関 楠生
ドイツの作家。シュレジエン地方グローガウ(現,ポーランド領)でユダヤ系の家に生まれる。審美主義的小説《クラウディアをめぐる物語》(1912)で認められる。第1次大戦を工兵として,また東部司令部付き通信員として体験。ロシア兵捕虜を人違いとわかりつつ軍の権威のために処刑した事件を扱う小説《グリーシャ軍曹をめぐる争い》(1927)が国際的反響をよぶ(1929年アメリカで映画化)。さらに《1914年の若い女》(1931),《ベルダンでの教育》(1935),《ある王の即位》(1937),《砲火とだえて》(1954),《機は熟す》(1957),《氷が砕ける》(未完)と生涯書き続けたこの連作(《白人の大戦争》と総称)は,第1次大戦についての〈百科事典〉と呼ばれたほど,多面的に戦争を分析した大規模な作品である。戦場の描写より,むしろ社会的背景や心理面に重点がおかれて,戦争体験によって意識変革を遂げる人たちの姿が描かれる。反ナチス小説《ワンツベクの斧》(1943)やユダヤ人問題の評論も注目される。1933年パレスティナに亡命するがシオニズムに失望。50歳代でマルクス主義文献を読む。48年帰国後,東ドイツで活躍した。
執筆者:長橋 芙美子
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