改訂新版 世界大百科事典 「テーベ伝説」の意味・わかりやすい解説
テーベ伝説 (テーベでんせつ)
古代ギリシアの神話伝説の一つ。ボイオティア地方の主都テーベ(テーバイ)はミュケナイ時代にさかのぼる古い都市で,豊富な神話伝説の舞台となった。それらはトロイア伝説と同様,かつては《オイディポデイア》《テーバイス》《エピゴノイ》など連鎖する幾つかの叙事詩に語られていた。これら古叙事詩はわずかな断片を除いて散逸したが,前5世紀の悲劇に題材を提供し,これを通して詳細な局面も知られる。以下では伝説をできごとの順に従って便宜上三分して大筋をたどる。
(1)カドモスによる建国の物語。カドモスはフェニキア王アゲノルAgēnōrの息子で,姉妹のエウロペがゼウスにより誘拐されたとき,父王により探索に出された。探し出すことができず,帰国を断念した彼は〈牝牛に従い,その伏した所に都市を建てるべし〉とのデルフォイの神託に従ってテーベを建設した。その際,泉を守る竜を退治し,その歯を播(ま)いて生まれた男たちが互いに争い,5人だけが生き残り,スパルトイSpartoi(〈播かれた男たち〉の意)と呼ばれ,テーベの貴族の祖先となった。彼とハルモニアHarmoniaとの結婚式は,すべての神々が臨席し祝福した盛大なものとされるが,その娘たちには不幸な最期を遂げたものが多い。ゼウスの雷霆(らいてい)にうたれて死につつもディオニュソスを生んだセメレSemelē,わが子ペンテウスを八つ裂きにするアガウエAgauē(エウリピデスの悲劇《バッコスの信女》を参照),海にわが身を投じて果てたイノInōなどである。なおテーベのアクロポリスは,カドモスにちなんでカドメイアKadmeiaと呼ばれたが,ここからは近年バビロニアの円筒印章が出土し,東方との交流のあったことを裏づけている。
(2)アンフィオンAmphiōnとゼトスZēthosとによる2度目の建国の物語。二人はゼウスとアンティオペAntiopēとの間の双生の兄弟。大伯父の手で生後すぐ山中に捨てられるが,羊飼いに育てられ成人し,母とも再会,テーベの支配権を得る。彼らは協力してテーベの城壁を築いた。テーベの名はゼトスの妻の名に由来するという。アンフィオンとゼトスとは,観照的と実践的との対比の実例としてしばしば引合いに出されるほど,対照的な性格であったという。
(3)オイディプスを中心とする前後の物語。アンフィオンの死後,王国はライオスLaiosが継いだ。彼はアポロンの神託により,男子を生めば,生まれた子に殺されるとの警告を受けた。そこでイオカステIokastēとの間に男子が生まれると,かかとをピンで刺して捨てた。だが赤子は命拾いし,コリントスの王家で成人する。その名を〈腫(は)れ足〉つまりオイディプスと名づけられた。彼が〈父を殺し,母を妻とするであろう〉という恐るべきデルフォイの神託を逃れようとして,結局は神託を成就し,その事実の露呈する経緯はソフォクレスの悲劇《オイディプス王》の示すところであり,娘アンティゴネと諸国流浪の末,アテナイの聖森で迎えるその不思議な最期は同じ作者の《コロノスのオイディプス》に描かれる。その後,王位継承にからんで2人の子エテオクレスEteoklēsとポリュネイケスPolyneikēsの間に争いが生じ,外国勢力に拠った後者が祖国に向かって遠征軍を起こし,二人は相討ちに果てる。テーベ攻防の一部始終はアイスキュロス作《テーバイに向かう七将》,ソフォクレス作《アンティゴネ》,エウリピデス作《フェニキアの女たち》《救いを求める女たち》などの悲劇に扱われている。このときのテーベ攻めは失敗したが,その後,戦死した英雄たちの子,つまりエピゴノイEpigonoi(〈後裔たち〉の意)によって再度遠征が企てられ,テーベの城は落ち,テーベ伝説の締めくくりとなる。
→テーベ
執筆者:辻村 誠三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報