日本大百科全書(ニッポニカ) 「ドクチョウ」の意味・わかりやすい解説
ドクチョウ
どくちょう / 毒蝶
狭義には昆虫綱鱗翅(りんし)目タテハチョウ科ドクチョウ亜科Heliconiinaeに属するチョウの総称。ドクチョウという種は存在しない。この仲間は新大陸の特産で、南アメリカから中央アメリカに種類が多く、北アメリカ南部にも数種が産する。中形のチョウで、はねの形は横に細長く、赤、黄、青、黒などの組合せの鮮やかな斑紋(はんもん)をもっている。
広義には前記のもののほかに、同じように鳥類が嫌否する有毒物質を体内にもち、そのために鳥類の捕食を免れるマダラチョウ科、そのほか確定的な証拠はないが、おそらく同様であると思われるシロチョウ科のカザリシロチョウ属Deliasなどを含めてよぶ俗称である。
ドクチョウ亜科の種はトケイソウ科、マダラチョウ科の種の幼虫はガガイモ科、キョウチクトウ科、クワ科の植物を幼虫の食草とするが、チョウはこれらの植物に含まれる有毒成分を体内に蓄積し、そのため鳥はこれを捕食すると嘔吐(おうと)し、二度とこれを食べないという。このことについてはブラウワーの実験(1958)がある。しかし、人間はチョウを食べないし、接触しただけではまったく毒性はないので、人間にとってはドクチョウではない。この点では、鱗粉によって皮膚炎をおこすドクガ(毒蛾)とはまったく意味が違っている。
ドクチョウに関連して興味あることは、ドクチョウによく似た色彩や斑紋をもち、そのために鳥の捕食を免れている無毒のチョウがいることで、この現象を擬態という。日本産のものでは、有毒なマダラチョウ科のカバマダラに擬態するタテハチョウ科のツマグロヒョウモンの雌が有名である。
[白水 隆]