改訂新版 世界大百科事典 「ドラペリー」の意味・わかりやすい解説
ドラペリー
Draperie[ドイツ]
日本でいう衣文(えもん)。英語でドレーパリーdrapery,フランス語でドラプリーdraperieという。美術史では彫刻や絵画の人像の着衣に見られるひだのことで,地域や時代によってそれぞれ特色があるが,様式的変化に類似した現象が見られる。たとえば古代ギリシア彫刻の場合アルカイク時代の彫刻に見られるドラペリーは一般にきわめて装飾的で,繊細な平行線が規則的なリズムを守りながら流れ落ちる(アテネのアクロポリスやサモス島のコレーなど)。クラシック(古典)時代のものは写実的であるが,ヘレニズム時代になると写実を超えて表現過剰になる傾向がある(《サモトラケのニケ》など)。西洋中世にもこれに似た現象が見られ,ロマネスク期の衣文は装飾的・抽象的(オータン,サン・ラザール大聖堂のタンパンのキリスト,シャルトル大聖堂西正面の人像など),ゴシック盛期は写実的(シャルトル大聖堂南北正面の人像など)で,ゴシック末期は表現の誇張が一般的傾向(クラース,スリューテルなど)となる。中国の南北朝,唐,宋,日本の飛鳥,天平,鎌倉の各時代の衣文にも類似した現象が認められる。
ドラペリーの最も興味あるものは,以上3種の類型のうちの第1の装飾的なものである。ひだの平行線にしても同種の平行線,肥瘦高低のさまざまの組合せ(日本でいう翻波(ほんぱ)式衣文,漣波(れんぱ)式衣文など)があり,また胸,腹,尻,膝など多少とも突起した部分に見られるひだの変化(平行曲線,渦巻などで,その好例はベズレー,サント・マドレーヌ教会のキリスト),布の縁に現れるジグザグ線の処理(法隆寺釈迦三尊像)なども興味深く,その律動的な線の流れはしばしば音楽的でさえある。第2の類型の写実的な表現になると,この音楽性は消える。ところでドラペリーの様式的変化は,単に時代の嗜好だけに左右されるのではなく,さまざまの要因がこれに関係している。第1に衣服に用いられる布の性質である。気温の高い地域では軽く薄い布が用いられるわけで,それが繊細で装飾的なひだの表現を可能にする。古代エジプト(とくに新王朝以降),インド(マトゥラー仏,とくにグプタ朝)などがその例である。気候が寒冷であれば厚い毛布の類が用いられるから繊細な波状のひだは現れにくい。次に,衣服の型についていえば,布をたっぷり使うものはひだが多く現れるが(たとえばギリシアのキトン),ひだの出にくい型のものもある(ペプロスの類)。他方,実際の布の性質や衣服の型にとらわれない,抽象的な造型もあり,また時代や地域を超えた様式の波及も見られ,その結果,各地に多様なドラペリーが生みだされたのである。
執筆者:柳 宗玄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報