ペスト(読み)ぺすと(英語表記)La Peste

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ペスト」の意味・わかりやすい解説

ペスト(伝染病)
ぺすと
Pest ドイツ語
plague 英語

ペスト菌感染によっておこる急性伝染病で、検疫感染症(検疫伝染病)に指定、感染症予防・医療法(感染症法)では1類感染症に分類されている。

 ペストの流行はすでに2、3世紀ごろからあったと伝えられているが、14世紀に中央アジアからヨーロッパ全域を席巻(せっけん)した大流行は歴史的にも知られ、当時のヨーロッパ全人口の4分の1にあたる2500万人の死者が出たほどの大災害をもたらし、黒死病として恐れられた。日本でも1898年(明治31)から1926年(昭和1)の間に2909人の患者発生がみられた。

 ペストは元来ネズミなど齧歯(げっし)類の流行病であり、これがノミ、ナンキンムシシラミなどの昆虫の媒介によってヒトに感染する。リンパ節腫(せつしゅ)、ペスト敗血症および肺炎などの病像を呈する。潜伏期は肺ペストの場合は2、3日、腺(せん)ペストは6~10日とされている。ペスト患者の大部分の病型は腺ペストで、皮膚や粘膜から侵入したペスト菌が、近くのリンパ節で増殖して一次性腺腫を形成する。これが出発点となって血行・リンパ行性に他のリンパ節に二次性腺腫を形成する。末期にはペスト敗血症をおこすこともある。腺ペストから転移性気管支肺炎をおこすこともあるが、大多数飛沫(ひまつ)感染によってペスト菌を直接吸入して発病する。肺ペストとペスト敗血症では、ともに2、3日の経過で死亡する。腺ペスト、皮膚ペストは、経過が1週間以上にわたる場合は治癒することもあるが、致命率は30~90%である。治療として、ストレプトマイシンテトラサイクリンクロラムフェニコールなどの抗生物質剤およびサルファ剤が用いられる。

[松本慶蔵・山本真志]

『カルロ・M・チポラ著、日野秀逸訳『平凡社自然叢書6 ペストと都市国家――ルネサンスの公衆衛生と医師』(1988・平凡社)』『蔵持不三也著『ペストの文化誌――ヨーロッパの民衆文化と疫病』(1995・朝日新聞社)』『ジャック・リュフィエ他著、仲沢紀雄訳『ペストからエイズまで――人間史における疫病』増補改訂版(1996・国文社)』『ヒルデ・シュメルツァー著、進藤美智訳『ウィーンペスト年代記』(1997・白水社)』『モニク・リュスネ著、宮崎揚弘他訳『ペストのフランス史』(1998・同文館出版)』『村上陽一郎著『ペスト大流行――ヨーロッパ中世の崩壊』(岩波新書)』


ペスト(カミュの小説)
ぺすと
La Peste

フランスの作家アルベール・カミュの長編小説。1947年刊。アルジェリアオランの町にペストが発生、外部から遮断された孤立状態のなかで、必死に悪と戦う市民の連帯と友愛の姿を年代記風に淡々と描く。病身の妻と引き離されながらも黙々と働き、最後に「人間のなかには軽蔑(けいべつ)すべきものよりも賛美すべきもののほうが多くある」と証言する医師で語り手のリゥー。「観念のために死を賭(か)ける、抽象的なヒロイズム」よりも具体的な「幸福」を求めてペストの町を逃れようとするが、やがて「ひとりで幸福になる」ことに疑問を抱いてリゥーに協力するランベール。かつて政治的殺人を犯した罪障感に悩み、「いい理由からにしろ、悪い理由からにしろ、人を死なせたり死なせることを正当化するいっさいのものを拒否する無垢(むく)の殺人者」たらんとしてリゥーに協力するが、ペストで死んでしまうタルー。作者の対ナチズム戦争体験をアレゴリックに表現し尽くした、第二次世界大戦後フランス小説最大のベストセラー作品。

[西永良成]

『宮崎嶺雄訳『ペスト』(新潮文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ペスト」の意味・わかりやすい解説

ペスト
pest; plague; pestilence

ペスト菌の感染によって起こる感染症。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で1類感染症と定義される。旧伝染病予防法による法定伝染病の一つ。日本には常在しないため,検疫すべき感染症に指定されている。死亡率が高く,60~90%である。まずノネズミなどの齧歯類の間で流行し,ノミ類を媒介として人に伝染する。吸血によって感染する腺ペストと,患者から飛沫感染する肺ペストがあり,人のペストのほとんどが腺ペストで,主としてリンパ節が侵され,皮下出血を起こす。かつて腺ペストが黒死病といわれたのは,症状が進行し敗血症を伴うと,皮膚に紫色の出血斑ができて体が黒ずんで見え,発病から2~3日で死亡したためと推定される。肺ペストは肺炎を併発する危険が高く,重症となることが多い。潜伏期間は,2~12日。症状は全身の倦怠感で始まり,悪寒,頭痛,嘔吐,全身の筋肉痛などを伴った高熱が出る。そのあと,循環器系が強く侵され心衰弱,意識混濁が起こる。近年,日本では発生がなく,外国でも大きな流行はない。

ペスト
La Peste

フランスの作家アルベール・カミュの小説。 1947年刊。アルジェリアの港町オランで発生したペスト禍を背景に,ペストと戦う人間の姿を通じて,連帯と友愛を説いた作品。

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