(1)〈法律〉〈礼法〉〈習慣〉〈伝統文化〉を意味するギリシア語。元来ネメインnemein(〈分配する〉の意)という動詞から派生し,〈定められた分け前〉という原義をもつ。そこからモイラ(運命)と同じように,神々または父祖伝来の伝統によって必然的に定められた行動規範という意味を担うようになった。さらにそこから転じて,前5世紀後半には意味のない因襲,自由を束縛する強制力と受け取られるようになり,ソフィストたちはノモスからの解放を主張した。彼らによれば人間がのっとるべき行動の規範はフュシス(自然)であり,それは社会的擬制としてのノモスを超越する。たとえば自然が弱肉強食の法則に従っているなら,人間もまた強者となって,ノモスに掣肘(せいちゆう)されず自由に自分の利益を追求しなければならないと考えた。ソクラテスやプラトンはこの風潮に反対し,ノモスとフュシスは一体であり,ノモスを尊重しなければならないと説いた。
→フュシス
執筆者:大沼 忠弘(2)古代エジプトの地方行政区画セパトsepatのギリシア語名。〈州〉または〈県〉にあたる。デンデラやエドフ(イドゥフー)などの神殿壁面に刻まれた〈州名表〉によると,その数は上エジプト22,下エジプト20の総計42であるが,現実には時代により増減がみられる。セパトの出現は中央集権的国家体制の確立する古王国時代であるが,エジプト独特の貯溜式灌漑水路網の整備に伴っての幹線水路を中核とする灌漑単位にほぼ対応しており,経済単位としての自律性も強い。独自の標章と守護神をもち,州政府の置かれた州都には宇宙創造神とみなされた守護神の主神殿があった。長官(知事)は王により任命されたが,現実には世襲化されて地方豪族を形成する場合が多く,中央政府の衰退期には独立国家の観を呈した。プトレマイオス王朝はこの州制度を踏襲して,これにノモスの語をあて,長官(ノマルケスnomarchēs)にはマケドニア人,ギリシア人をあてた。
執筆者:屋形 禎亮
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
古代エジプトの行政区分で州をさす。古王国時代に統治と財政(徴税)の効果をあげるために実施された制度で、各州が経済的にほぼ均等な力をもつように区画にくふうがなされた。その際、基本原則は灌漑(かんがい)水路を公平に配分することにあった。農業が経済の根幹をなしていたからである。知事は水路の開発、維持、管理の責任者であり、「水路の長」という称号をもっていた。各州はそれぞれの名称、主都、紋章、主神をもっていた。州の数は38または39であった。古王国末期に中央権力の衰弱とともに州間の争いが激化して内戦となり、これが古王国崩壊の大きな要因となった。中王国時代を開いたのは上(かみ)エジプトの優勢ノモスの長であった。この時代に旧区分は廃され、国土は三ないし四つの地方に分けられた。新王国時代には主要都市が隣接地を含めた行政単位となった。プトレマイオス朝時代には州制度が復活し、42州があった。
[酒井傳六]
「国法」「法律」を意味する古代ギリシア語。広くは「習俗」「習慣」を意味するが、不文の慣習に対して、とくに国家において制定された成文法をさす。「ノモスによって人間の共同存在(ポリス)が形成され、ノモスによって人は公正、正義にあずかる」といわれる。ノモスの起源はゼウスの権威に求められるものの、ノモスは人間が自ら制定するものとの考えがギリシアでは早くから強く、ポリスの形成期において法律を制定した人々(ノモテテース)は尊ばれ、「七賢人」とよばれる人には、これらの人々が多く入っている。
哲学者の目が自然(フイシス)に向けられ、自然に内属する不変の法則が求められるに及んで、ノモスは人為的なもの、相対的なもの、変移的なものとされた。フィシスとノモスの対立を説く思想がこれであるが、プラトン、アリストテレスはこれに対して、ノモスの神的起源をその理性主義的な哲学により擁護した。
[加藤信朗]
「ノモスとフュシス」のページをご覧ください。
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古代エジプトの州。元来は部族を中心として独自の神,標識,神殿を持つ政治・経済的に独立した存在であったが,統一以後は地方行政単位となる。ヒエログリフで「運河で仕切られた土地」,州侯は「運河を掘るもの」と呼ばれ,上エジプトに22,デルタに20のノモスがあった。ほとんどがギリシア名で伝わり,ノモスもエジプト語セパトのギリシア語訳にほかならない。
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…王は行政(司法を含む),祭祀の最高責任者であり,みずから行うべき機能を委任して代行させるものとして官僚・神官の任命権を握り,要職には王族をあてた。地方には40あまり(プトレマイオス王朝では42)の州(ノモスnomos)が置かれ,州知事が任命された。州は守護神を共同信仰する共同体あるいは部族国家を原型とすると思われるが,初期王朝時代に整備された貯溜式灌漑水路網の一単位に相当し,それぞれが公儀宗教に組み込まれた州の守護神をもつ。…
… これらの国家統制のためには整備された官僚組織が不可欠であった。国土は約30の県(ノモスnomos)を筆頭に郡(トポスtopos),村(コメkōmē)に分けられ,おのおのに長官や書記をおいて住民およびその財産の掌握が行われた。王の財務長官(ディオイケテスdioikētēs)の下に各県,郡,村ごとに主計官もおかれ,租税をはじめ歳入・歳出に関するいっさいの事務が執り行われた。…
…王は行政(司法を含む),祭祀の最高責任者であり,みずから行うべき機能を委任して代行させるものとして官僚・神官の任命権を握り,要職には王族をあてた。地方には40あまり(プトレマイオス王朝では42)の州(ノモスnomos)が置かれ,州知事が任命された。州は守護神を共同信仰する共同体あるいは部族国家を原型とすると思われるが,初期王朝時代に整備された貯溜式灌漑水路網の一単位に相当し,それぞれが公儀宗教に組み込まれた州の守護神をもつ。…
…この定義で中枢的位置を占めているものは〈社会〉という語および〈科学〉という語の二つであるから,以下これらについて注釈を加えよう。 〈自然〉対〈社会〉という対概念は,古代ギリシアの哲学者によるフュシスphysis対ノモスnomosという対概念以来のもので,フュシスは人間とは無関係に存在しその法則に人間が介入しえない世界という意味での自然を意味し,これに対してノモスは習慣や法律や制度など人間が人為的につくったものを意味した。かくして,宇宙,地球,天然資源,植物,動物(人間自身を含む)等々は自然であり,道徳,宗教,芸術,法,政治,経済,教育等々は社会である。…
… これらの国家統制のためには整備された官僚組織が不可欠であった。国土は約30の県(ノモスnomos)を筆頭に郡(トポスtopos),村(コメkōmē)に分けられ,おのおのに長官や書記をおいて住民およびその財産の掌握が行われた。王の財務長官(ディオイケテスdioikētēs)の下に各県,郡,村ごとに主計官もおかれ,租税をはじめ歳入・歳出に関するいっさいの事務が執り行われた。…
※「ノモス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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