翻訳|sophist
原語ソフィステスsophistēsは本来〈何らかの技芸に秀でた人,達人〉,または七賢人のような〈知恵のある者〉を意味するギリシア語。しかし前5世紀中ごろから,ギリシア世界に,若者たちに知識を授けて謝礼を受けとる職業的教師が現れ,これが特定の意味でソフィストと呼ばれるようになった。訳して詭弁派ともいう。当時の代表的ソフィストは,プロタゴラス(北東ギリシアのアブデラ出身),ゴルギアス(シチリア島のレオンティノイ出身),ヒッピアスHippias(ペロポネソス半島のエリス出身),プロディコスProdikos(エーゲ海のケオス島出身)などで,このほかエウエノスEuēnos,アンティフォンAntiphōn,トラシュマコスThrasymachosらがいる。彼らの活動は国際的で,アテナイを中心に多くの都市国家をわたり歩き,主として富裕な市民家庭の子弟を相手に,金銭を報酬として教育活動を行って人気を得た。彼らの約束する教育とは,まず人間としても国家社会の一員としてもすぐれた人物となるための〈徳〉を授けることであった。この人間教育という点をとくに強調したのはプロタゴラスである。またアテナイのような民主政国家では,社会的成功を得るためにさまざまな審議の場で人々を説得できる能力が必要とされたので,ソフィストの教育内容も,この説得をつくり出す技術としての弁論術が中心になっていた。この弁論の能力を重視した代表者はゴルギアスである。弁論術には文法や(プロディコスが売りものにした)語義解釈などの言語に関する知識が付属し,実際に説得の効果をあげるためには論理的な能力と広い知識とが必要であった。著名なソフィストはいずれも演説・問答の腕前だけでなく,他にまさる博識を看板にしていたが,中にはヒッピアスのように,その教科内容が天文,幾何,算術,文法,音楽,歴史などのほか記憶術のようなものにまで及ぶ者もあった。後世の三学四科(自由七科)に見られるような普遍的教養の理念は彼らに源をもつと言えるし,一般的な知識を普及させ論理的な意識を高めることにも貢献した。しかし当時の保守的な考えの人は,彼らの達者な弁論や,自然学などの新しい知識が若者の人気を集めることにより,古きよき伝統が破壊されることを恐れて,彼らを危険視した。また弁論術は説得を目的とするために,主張される事柄の当否よりも説得の手段の方を重視する傾向があり,ソフィストは〈弱論を強弁する〉という非難を受けた。ソクラテス,プラトン,アリストテレスなどの哲学者も,ソフィストの知恵・知識にはごまかしが含まれていることを指摘し批判した。とくにプラトンは,その著作(対話編)の多くに著名のソフィストを登場させ,ソクラテスとの対比のもとに,彼らの正体を批判的な目で生き生きと描いていて,ソフィストを知るための有力な資料ともなっている。このようにしてソフィストの名は〈詭弁家〉といった悪い意味をもつにいたった。しかし本来の〈知恵のある教師〉というよい意味も残り,ローマ帝政期には弁論術教師や散文作家がソフィストと呼ばれて活躍した。
→ギリシア哲学 →レトリック
執筆者:藤澤 令夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
紀元前5世紀なかばごろから前4世紀にかけてギリシアで活躍した知識人たちの呼び名。多くは地方ポリス(都市国家)の出身者で、アテネほかのポリスを巡り、弁論術を中心にさまざまの専門的知識を教授することを職業とした。アブデラのプロタゴラス、レオンティノイのゴルギアス、ケオスのプロディコス、エリスのヒッピアスらが有名である。
民主政のアテネでは、議会や法廷での弁論に優れていることが、政界での、つまり市民としての成功を意味した。ソフィストたちは時代の要求にこたえ、多額の謝礼と引き換えに富家の子弟に演説や論争の技術を授けた。講義は作文修辞の法のみならず、法律道徳論、文明論などの実質的思想にも及んだ。彼らが徹底的な形で示した言論の魅力は知的な青年たちをとりこにしたが、やがて保守的市民から過激な危険思想家と目されるようになる。ソクラテスの受難も、ソフィストと混同されて市民の反感を買ったことが一因であった。
ソフィストの思想のうち、プロタゴラスの「人間尺度命題」は人間中心主義、主観主義、相対主義の表明とみられ、ゴルギアスの「非存在の論」は知識否定論として、またトラシュマコスの「正義とは強者の利益なり」という説や、アンティフォン、ヒッピアスらの法(ノモス)と自然(ピュシス)の分離論は法や道徳に対する挑戦とみなすことができる。しかし他面では、ゴルギアスの修辞学やプロディコスの類義語用法のように、それ自体としては単に言論の手段を提供するにすぎなかったものが、アテネ市民の野心や欲望と結び付いて、このような思想になったともいえよう。
哲学者プラトンはソフィストたちの名を冠した一連の作品を著し、ソクラテスと真理のために、これらの思想と対決しその虚偽を暴いた。個人と国家のために善を図り言論と行為とにもっとも有能有力な者となる道を教授するというのがソフィストたちの自称であったが、彼らが実際に教えたものは、善について無知でありながら優れた人間であると思わせる方法であり、事の真偽や正邪を問わず、ただ大衆を扇動して論敵に勝つための技術であった。
ソフィストの語はこうして、詭弁(きべん)の徒を意味することとなり詭弁学派ともいわれた。ただし、事態の裏面をみるならば、ソクラテスとプラトンの哲学はソフィストたちの恐るべき論理から生まれたとも考えられ、その意味で彼らの哲学史上の意義がしばしば再評価される。
[田中享英]
『山本光雄編・訳『初期ギリシア哲学者断片集』(1958・岩波書店)』▽『田中美知太郎著『ソフィスト』(講談社学術文庫)』
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
「詭弁(きべん)家」などと訳されるが,もとは「賢き者」という意味の語。前5世紀頃から,有料で文法,弁論修辞,政治学,数学などについての教養を授ける教師をさすようになった。彼らはギリシアの民主主義が生み出した一種の啓蒙家で,法律,制度などが神的権威に支えられたものでなく,「ならわし」にすぎぬことを暴露した。プロタゴラスなどが代表的。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ことさらに自己主張したり,相手を論破し困惑させたり,奇矯の説によってひとをおもしろがらせたりするのに用いられる。議論を売物としたギリシアのソフィストたちを論駁するために,すでにアリストテレスが統一的に研究している(《トピカ》《詭弁論》)。 詭弁は一般に受け入れられている,あるいは少なくとも相手に受け入れられる前提から出発し,論理的手続,あるいは少なくとも論理的にみえる手続によって結論に至らなければならない。…
…前500年ころ哲人ヘラクレイトスによって,言語に内在する統辞的な〈法則〉の存在が発見されるや,次の世代の知識人たちは,その〈法則〉の具体的な機能の究明に取り組むこととなる。アテナイにやってきた高名なソフィストたちの活動の実態は不明の点が多いが,彼らが言語の〈法則〉,すなわち語彙(ごい)・文法・修辞の諸問題を熱心に論じたことは確かであり,彼らの教説が議会や法廷における弁論の技術はもとより,悲劇・喜劇の中にまで著しい影響を与えていることは確認できる。アテナイの哲人ソクラテスの対話のねらいも,実はギリシア語統辞論の目覚めと不可分の関係にある。…
…古代ギリシアのソフィスト,弁論術の大成者。シチリア島のレオンティノイの人で,同島のエンペドクレスに学んだとも伝えられている。…
…つまり,フュシスはもはや存在者の全体をではなく,その特定領域を意味するようになるのである。もっとも,〈フュシス‐ノモス〉の関係を最初に問題にしたソフィストたちのもとでは,この両者はけっして対等の資格で対置されていたわけではない。なんといっても真に存在しているのはフュシスなのであり,ノモス的なものも本来はそこに位置すべきものなのである。…
…古代ギリシアの思想家で,最も有名なソフィスト。アブデラの出身。…
※「ソフィスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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