イギリスの有機化学者.マンチェスター大学でW.H. Perkin, Jr.に学び,ゲッチンゲン大学に留学.1912年セント・アンドルーズ大学講師,1920年ダーラム大学教授を経て,1925年バーミンガム大学教授(~1948年)となる.はじめテルペンを研究したが,1915年のメチル化によるオリゴ糖の構造研究から糖質に移り,E.H. Fischer(フィッシャー)の業績を発展させ,糖質化学の基礎を確立した.単糖の環構造のピラン,フラン誘導体としての定式化(ピラノース,フラノース),各種糖誘導体の合成研究,オリゴ糖の構造決定,生体高分子としての多糖の構造研究などがあり,1932年には,それらの成果を駆使してビタミンC(L-アスコルビン酸)の構造決定と合成に成功し,1937年P. Karrer(カラー)とともにノーベル化学賞を受賞した.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
イギリスの有機化学者。マンチェスター大学でW.H.パーキン(子)に,ドイツのゲッティンゲン大学でO.ワルラハに学んだ。初めテルペンの研究をしていたが,スコットランドのセント・アンドルーズ大学で糖の研究をはじめ,ニューカスル・アポン・タインのダラム大学を経て,1925年にバーミンガム大学に移り,活発な糖研究グループをつくった。メチル化法による二糖類の構造研究から入って,単糖類の基本的な環状構造(五員環をフラノース,六員環をピラノースと命名)を明らかにし,種々の糖誘導体の構造を決定した。さらに多糖類の構造研究に進んだ。また糖研究の蓄積を基礎に33年ビタミンCを合成(最初のビタミン合成)し,その構造を確立した。37年に以上の研究でノーベル化学賞を受賞。なお,第2次大戦中,イギリスの戦時研究化学部門責任者としてウラン化合物の研究などに従事した。
執筆者:梶 雅範
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