翻訳|biopolymer
生物が合成する巨大分子の総称。一般には1~20種の比較的単純な構造単位がくりかえされて構成されている。構造単位としてはアミノ酸,ヌクレオチド,ブドウ糖などがあり,それらが多数共有結合によって結ばれた重合体高分子がそれぞれタンパク質,核酸,多糖である。生体の精密な構造と巧妙な機能を可能にしている物質的要素を器官,組織,細胞,細胞器官としだいに小さな単位に求めてゆくとき,最も基本的な要素として生体高分子に行きつく。生体高分子レベルではヒトから細菌に至るまで共通の原理が働いているが,それは遺伝,代謝,運動,形態形成など生物に特有な性質の多くが生体高分子がもつ多様な機能に依存しているからである。
基本的構造はくりかえし構造単位が1本鎖状につながったものであるが,多糖の場合には1本鎖構造のほかに枝分れ構造があり,その結果複雑なネットワークを形成するものがある。生体高分子の構造はきわめて高い秩序をもっているのが特徴で,構造単位の数,つまり分子の大きさのみならず,タンパク質と核酸の場合には構造単位の配列順序(一次構造)さえも一義的に決定されている。構造単位同士には水素結合,イオン結合,ファン・デル・ワールス力などのさまざまな相互作用が働くが,その配列が一義的なので相互作用の結果生じてくる立体構造も細部にわたるまで特異的に決められることになる。生体高分子の特異的機能はこのような特異的構造によってはじめて可能になるのである。たとえば球状タンパク質の立体構造は各アミノ酸の位置はもちろん,各原子の位置まで1Å以下の精度で決められているのである。このような構造上の特徴から,生体高分子は生体内の情報担体としての機能ももつことになる。
くりかえし構造単位は一般に脱水反応によって共有結合を形成する。20種類のアミノ酸は細胞内のリボソーム上でタンパク質生合成系の作用によって次々とペプチド結合によって結ばれ,分子量約5000から数十万におよぶペプチド鎖が形成される。核酸の場合は,4種類のヌクレオチドが細胞核内において,核酸重合酵素の作用によりリン酸ジエステル結合によって次々と結ばれて,長大なヌクレオチド鎖を形成する。たとえば大腸菌遺伝子のヌクレオチド鎖は分子量25億にもおよぶ。ブドウ糖などの糖類は,細胞内の膜系に存在するグリコシドトランスフェラーゼと呼ばれる酵素の作用により,グリコシド結合によって結ばれ,分子量5000程度のものから数百万におよぶ糖鎖が形成される。
20世紀初頭まで,多糖をはじめとする巨大分子は,単に低分子が非共有結合によって会合したものであるとみなされてきた。しかし1920年代中ごろにH.シュタウディンガーらによりセルロースやゴムがひじょうに大きな分子量をもつ化合物であることが明らかにされ,高分子の概念が明確になった。その後,高分子化学の分野では合成高分子の物理化学的,有機化学的研究が主流になった。一方,生化学の分野では低分子有機化合物だけではなく,しだいに巨大有機分子も注目をあびるようになり,20世紀半ばにタンパク質や核酸のモデル物質,つまりポリアミノ酸やポリヌクレオチドの研究をきっかけに高分子化学と生化学の両分野が融合した。現在では生体高分子の研究は分子生物学を含む,きわめて総合的な学問分野として発展をとげつつある。
生体高分子としてのタンパク質の機能のうちで,第1に重要なものは酵素作用である。ほとんどすべての生体内化学反応は酵素によって触媒されている。低分子を酸化・還元する単純な反応から遺伝子複製のきわめて複雑な反応にいたるまで酵素が関与している。次に,コラーゲンやケラチンのような構造タンパク質は生体を構築するたいせつな要素であり,輸送タンパク質であるヘモグロビンは酸素を肺から組織へ運搬し,血清アルブミンはイオンや糖を運搬する。また運動タンパク質であるミオシンとアクチンは筋肉収縮を起こさせ,ダイニンとチューブリンは繊毛運動に不可欠なタンパク質である。抗体タンパク質は自己以外の物質,細菌,細胞などを見分けて結合し,生体防御の主役として働いている。タンパク質は発生分化などの制御機能にも重要な役割を果たしている。
核酸は大部分の細胞にはタンパク質や多糖に比べて小量しか含まれていない。しかし,その機能はきわめて重要で,自己を複製するのに必要なすべての情報をヌクレオチド配列による遺伝暗号として保持している。一般に遺伝子DNA(デオキシリボ核酸)より成るが,一部のウイルスの遺伝子のようにRNA(リボ核酸)で構成されている場合もある。そして,その遺伝子に含まれている情報に基づいてタンパク質を生合成する際,メッセンジャーRNAはDNAのヌクレオチド配列をアミノ酸配列に翻訳するための仲介役として不可欠な役割を果たす。このように核酸は遺伝情報の保持,複製,翻訳機能を担っている。
多糖の機能は,植物組織や動物の外骨格を構築することとエネルギーの貯蔵である。植物を構成する主要な多糖であるセルロースは,自然界に最も多量に存在する有機物であり,地球上の有機炭素の半分以上を占めている。動物界ではN-アセチルグルコサミンと呼ばれるアミノ糖の重合体であるキチンが昆虫や甲殻類の外骨格を形成している。生物のエネルギー源であるブドウ糖は多数個重合した多糖の形で生体内に貯蔵されるが,糖を結合している共有結合の様式によって数種類に区別される。貯蔵物質は植物ではデンプンであり,動物ではグリコーゲンであり,酵母や細菌ではデキストランも利用されている。
→高分子
執筆者:宝谷 紘一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生体を構成している高分子.それには核酸(DNA,RNA),タンパク質,多糖と複合脂質が含まれる.核酸は遺伝情報の担い手としての役割をもち,タンパク質は酵素や生体構成成分,多糖は細胞間物質,エネルギー貯蔵源としての機能をもっている.これらの生体高分子は,多糖を除いて高分子電解質の性質をもつ.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…これには,イオン交換樹脂,感光性樹脂,分離用の膜,電気・電子材料など多様な用途がある。機能性高分子合成樹脂ゴム繊維
【生体高分子】
天然に存在する高分子のうち,核酸と酵素タンパク質はそれぞれ遺伝情報の保持・伝達と,その形態・代謝・運動等としての発現をつかさどるもので,生体高分子と呼ぶ。生命活動に必要な大量の情報の保持・伝達・発現には線状の高分子は最適の構造なのである。…
※「生体高分子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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