脂肪族カルボン酸の一つ。酪酸(正酪酸、n-酪酸)とイソ酪酸の二つの異性体がある。いずれも水溶液は酸性を示す。酪酸はブタン酸ともよばれる。不快なにおいをもつ無色の液体で、水、エタノール(エチルアルコール)、エーテルのいずれとも任意の割合で混じり合う。グリセリドとしてバターなどの動物の乳脂中に含まれているほか、いろいろなアルコールのエステルとして植物精油中にもみいだされる。草食性哺乳類(ほにゅうるい)は、消化器中におけるセルロースやヘミセルロースなどの炭水化物の酪酸菌による発酵で酪酸を合成して、栄養源としている。工業的には、ブタノール(ブチルアルコール)やブチルアルデヒドを酸化して合成している。この酸化を実験室的に行うには、酸化剤として過マンガン酸カリウムを用いる。合成香料、ワニスの製造原料となる。
[廣田 穰 2016年11月18日]
脂肪族カルボン酸の一つで,n-酪酸CH3CH2CH2COOHとイソ酪酸(CH3)2CHCOOHの2異性体がある。n-酪酸はバターに含まれるので,発見者であるフランスのM.E.シュブルールによって,バターのラテン語būtýrumから命名された。和名の酪酸も牛酪(バター)からとられた。
n-酪酸はグリセリンエステルとしてウシやヤギなどの家畜の乳脂中に含まれている。融点-5.26℃,沸点164.05℃の腐敗臭をもつ無色の液体。水,エチルアルコール,エーテルによく溶ける。酸性を示し,酸解離指数pKa(25℃)=4.817。n-ブチルアルコールを過マンガン酸カリウムで酸化するか,炭水化物の酪酸発酵によって製造される。遊離酸が皮革の脱カルシウム剤として用いられるほか,低級アルコールとのエステルは果実臭をもつことから,ジュース,キャンディなどの着香料として用いられる。
イソ酪酸は遊離状態またはエステルとしてマメ科やセリ科の植物中に存在する。n-酪酸に似た臭気をもつ,融点-47℃,沸点154.5℃の無色の液体である。酸解離指数はpKa(25℃)=4.85で酸性を示す。冷水に可溶,エチルアルコールやエーテルには任意の割合で混じり合う。イソブチルアルコールの酸化によって得られる。
執筆者:井畑 敏一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
butanoic acid.C4H8O2(88.11).CH3CH2CH2COOH.正酪酸,ブタン酸ともいう.異性体にはイソ酪酸(CH3)2CHCOOHがある.グリセリドとして,動物の乳脂中に含まれているほか,糖や乳酸の酪酸発酵過程で生成する.ブチルアルコールを過マンガン酸カリウムで酸化すると得られる.油状の液体.融点-7.9 ℃,沸点163.5 ℃.0.959.1.3991.pKa 4.82(25 ℃).水,エタノール,エーテルに可溶.不快な腐敗臭をもち,わずかではあるが毒性,刺激性がある.合成香料やワニスの製造原料となる.イソ酪酸は,植物の精油中に遊離またはエステルとして存在する.イソプロピルアルコールから容易に合成される.液体.沸点154 ℃.0.9504.1.3930.pKa 4.85.水に難溶,エタノール,クロロホルム,エーテルに可溶.正酪酸同様の性質を有する.[CAS 107-92-6][CAS 79-31-2:イソ酪酸]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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