日本大百科全書(ニッポニカ) 「パンジェ」の意味・わかりやすい解説
パンジェ
ぱんじぇ
Robert Pinget
(1919―1997)
フランスの小説家、劇作家。スイスのジュネーブに生まれる。弁護士、ついでパリで画家となったのち、『ファントワーヌとアガパのあいだ』(1951)から文筆に転向。おもにこの二つの架空の土地を舞台に、同一人物の再登場による反‐人間喜劇の世界を作りあげた。ヌーボー・ロマンの名でよばれるとおり、伝統的な物語形式の解体からまず出発した。『マユあるいは素材』(1952)、『審問』L'Inquisitoire(1963。フェミナ賞、1965)など、小説、調書、旅行記、回想録のいわばパロディーとして、すべての形式がかならず破産し、事件や心理がやがて一見でたらめなことばで寸断される。ところがそこに解体を目ざすことばの運動も産み出されてくる。それが語りのすべてであり、語る前には何物も存在しない。パンジェはこの言語主義にますます傾斜しつつ、『パッサカリア』(1969)、『あの声』(1975)など、表現の頓挫(とんざ)をめぐる悲劇的ユーモアを執拗(しつよう)に実現した。後期の代表作は『ソンジュ氏』(1982)で、これはなかば惚(ぼ)けかけた老人を主人公に、もう何一つ意味のあることを書けないのに、それでも白紙を文字で埋め続ける日常を描いている。以後、死の直前まで、この作者の分身のような老人の登場する短編を書きついだ。『クランク』(1960)などの戯曲は1987年のアビニョン演劇祭で連続上演された。20世紀フランスでもっとも特異で謎めいた作家の一人と評されている。
[江中直紀]