ピアジェ(読み)ぴあじぇ(英語表記)Jean Piaget

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ピアジェ」の意味・わかりやすい解説

ピアジェ
ぴあじぇ
Jean Piaget
(1896―1980)

スイス心理学者。ジュネーブ大学教授。ヌーシャテルに生まれる。ヌーシャテル大学で動物学を専攻したが、その後、子供の認知発達の分野に関心を向け、1921年以来ジュネーブのルソー研究所でこの分野の研究に没頭した。その研究歴は次の三つの時期に分けられる。

滝沢武久

前期

子供の言語、判断と推理、世界観、因果関係、道徳判断などにおける子供の思考特有の自己中心性の研究にあてられた。幼児は社会性を欠くため、自分の考えを相手に伝達する意図のない自己中心語が多い。また、他人の観点にたつことができないため、思考も自己中心的になりやすい。アニミズムなどの幼児独得の世界観は、この自己中心性に基づいていると主張して、注目を浴びた。

[滝沢武久]

中期

中期の研究は、乳児期知能起源探究ならびに幼児・児童の基本的概念の形成の分析に向けられている。乳児の知能は、感覚運動的活動によって示されるが、生後2歳ごろまでに、この感覚運動的知能に論理構造が付与されていくし、物体の永続性の考えも身についてくる。そして、感覚運動的知能の内面化が進行していくことにより、イメージが出現し、表象的思考の段階に入っていく。この過程を、自分の3人の愛児たちの行動について、実験的に設定した場面のなかで組織的に観察することによって確証した。

 また、幼児における数、量、時間、空間、速さ、偶然性などの基本的概念は、未分化萌芽(ほうが)的なものにすぎない。これらが論理的に操作されるに至る発達の筋道を解明することも、この時期の彼の関心事であり、この研究を通して表象的思考期から操作的思考期への発達過程が分析された。操作的思考は6、7歳ごろ出現する。しかし、11、12歳ごろまでは具体物について論理的に推論することしかできないので、これを具体的操作とよび、命題だけで推論できる形式的操作と区別している。思考の発達を均衡化の過程としてとらえているが、この形式的操作はもっとも安定した均衡状態の思考とみなされる。そして、操作的思考構造を論理数学のモデルを用いて説明することによって、思考の発達のメカニズムを理論化しようと試みた。

[滝沢武久]

後期

後期の研究は、主として発生的認識論の構築へと向かっていく。発生的認識論とは、科学的認識が発生し形成されていく過程を、個体発生および系統発生の両面から実証的に研究する科学である。この研究の集大成が、全3巻にわたる大著『発生的認識論序説』(1950)であった。しかし現代科学の認識の問題に取り組むためには、科学者たちとの学際的な共同作業を必要とすることを悟り、1956年ジュネーブ大学内に国際発生的認識論センターを創設し、各国から招いた科学者たちとチームワークを組んで、後半生の全精力をこの新分野の開拓に注いだ。これらの研究は、現代の心理学や教育学ばかりでなく、思想界全体に大きな影響を及ぼした。

[滝沢武久]

『芳賀純訳『発生的認識論――科学的知識の発達心理学』(1972・評論社/滝沢武久訳・白水社・文庫クセジュ)』『ボーデン著、波多野完治訳『ピアジェ』(1980・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ピアジェ」の意味・わかりやすい解説

ピアジェ
Piaget, Jean

[生]1896.8.9. ヌーシャテル
[没]1980.9.16. ジュネーブ
スイスの児童心理学者。ヌーシャテル大学で生物学を専攻,1921年 J.-J.ルソー研究所主任,29年以来ジュネーブ大学教授,その間ヌーシャテル,ローザンヌ,パリの各大学教授をも兼任。初期には子供自身の言語反応を通じて (臨床法) ,その言語,思考,判断,因果関係,世界観などについて詳細な研究を行い,30年代後半から子供の遊び,夢,模倣,実在性の構成などの研究を通じて知能の発達の基本的概念を明らかにし,さらに発生的立場からの認識論,構造論などの体系化を試みた。ジュネーブに発生的認識論研究センターを設立。主著『子供の言語と思考』 Le Langage et la pensée chez l'enfant (1923) ,『子供の知能の発生』 La Naissance de l'intelligence chez l'enfant (33) ,『発生的認識論序説』L'Introduction à l'épistémologie génétique (3巻,49~50) ,『発生的認識論』L'Épistémologie génétique (70) 。

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