ロシアの劇作家。1762年モスクワ大学を中退して外務省に入り,以後20年間役人生活を送った。69年からは外交の責任者N.パーニンの秘書としてポーランド分割などに手腕を発揮した。学生時代から文学に関心をもち,デンマークの作家ホルベアやドイツ,フランスの作家の作品を翻訳した。60年代半ばに一時帝室劇場を管理する職務についたころから演劇に対して興味をいだき,公務のかたわらいずれも5幕の喜劇《旅団長》(1770),《親がかり》(1782)を発表した。前者は旅団長一家と参事官夫妻の間の恋のもつれを筋立てとし,上流社会のフランスかぶれを風刺するとともに,官吏の腐敗ぶりを暴露したもの。後者は富裕な孤児をめぐる田舎地主の家庭内の争いを描きつつ,地主階層の無知蒙昧(もうまい)と強欲をするどく指摘している。とくに《親がかり》は非常な成功を収めたので,甘やかされた愚昧な青年ミトロファンをはじめ主要な登場人物の名前は,それぞれのタイプを示す普通名詞として,今日も使われている。退職後まもない83年には戯文《宮廷一般文法》を著して,啓蒙君主を気取るエカチェリナ2世とその寵臣たちを痛烈に批判した。
執筆者:中村 喜和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ロシアの劇作家。1762年にモスクワ大学を中退してすぐに役人勤めを始め、以後20年間外務省や宮内省で勤務した。69年からは外務大臣パーニンの秘書官としてポーランド分割などで活躍した。早くから文学に関心を寄せ、デンマークの作家ホルベアやドイツ、フランスの作家の作品を翻訳するとともに、寓話(ぐうわ)詩や風刺詩を書く。60年代の中ごろに一時帝室劇場を管理する職務についたころから演劇に興味をもつようになり、公務のかたわらに、いずれも五幕からなる喜劇『旅団長』(1770)、『親がかり』(1782)を発表。前者は旅団長一家と退職した参事官夫妻の間の恋愛関係のもつれを筋として、当時の上流社会の間で顕著な現象となっていたフランスかぶれを風刺し、同時に官吏の腐敗ぶりを暴露したもの。後者は遺産を相続して突如として富裕になった孤児をめぐり、田舎(いなか)地主の家庭内の争いや、地主階級の無知ぶりを鋭く指摘している。とりわけ『親がかり』は非常な成功を収めたので、甘やかされたばか息子ミトロファンをはじめ主要な登場人物の名前は、それぞれのタイプを示す普通名詞になっている。社会批判はその後も衰えず、83年には『宮廷一般文法』を著して、啓蒙(けいもう)君主を気どるエカチェリーナ2世やその寵臣(ちょうしん)たちを痛烈に皮肉ったり、雑誌誌上で女帝と衝突したりした。
[中村喜和]
『除村ヤエ訳『親がかり』(『ロシア文学全集35 古典文学集』所収・1959・修道社)』
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