改訂新版 世界大百科事典 「フラッド」の意味・わかりやすい解説
フラッド
Robert Fludd
生没年:1574-1637
イギリス・ルネサンス期の哲学者,医者,神秘思想家。姓はFludとも綴る。エリザベス朝の高官トマスThomas F.の子として生まれ,オックスフォードのセント・ジョンズ・カレッジに学んだ後,当時最も恵まれた階層が享受しえたヨーロッパ大陸への遍歴旅行を6年にわたって行った。そのおりパラケルスス派の錬金術的医学を学ぶとともに,大陸でようやくきざしはじめた薔薇十字運動(薔薇十字団)に接し,I.ジョーンズ,T.カンピオンらと協力しつつ,以後それをイギリスの文化的伝統として確立することに一生を捧げた。17世紀の科学革命に際しては,汎知学の立場からその還元主義には反対しながらも,W.ハーベーの血液循環論をいち早く支持するなど推進役をも果たしている。彼は晦渋な神秘哲学のためにこの数百年間まったく忘れられていた存在であるが,近代合理主義の限界が露呈した今日,再びその万物照応的世界観が脚光を浴びつつある。
近代経験科学は世界を精神と物質の二元論でとらえ,物質的存在を数量に還元して表現する。しかし彼は,世界と人間と神が,数量つまり延長で表現することが無意味な形相の同一性で結ばれていると考え,その三者の間に成り立つ照応関係の把握こそ,真実在に迫る王道であるとした。その方法として,錬金術,占星術,カバラ的魔術,数秘学などのオカルト科学を提唱し,経験科学一辺倒の動向とは対立した。量の聖化をめぐるケプラーやガッサンディとの論争は有名である。近代経験科学が勝利を収めるにつれ,彼の名はしだいに忘れられていったが,それはある意味では最もふさわしい運命であったともいえる。彼は近代化する以前のフリーメーソンに薔薇十字主義を導入して改編し,それによって近代史を秘密裡に動かす大きな力の源泉となったからである。主著は《両宇宙誌》(1617-21),《普遍的医学》(1629-31)など。
執筆者:大沼 忠弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報