フランス大学モデル(読み)フランスだいがくモデル

大学事典 「フランス大学モデル」の解説

フランス大学モデル
フランスだいがくモデル

フランスの高等教育の第1の特徴は,グランド・ゼコールおよびその入試準備のためのCPGE(フランス)(グランド・ゼコール準備級(フランス))と,バカロレア(中等教育修了資格)を取りさえすれば基本的にだれでも進学できる大学がパラレルに存在することだろう。グランド・ゼコールとCPGEが徹底した少人数教育を行っているのに対して,多くの学生を抱える大学の教育環境は格段に悪い。しかし医師や法律家などのプロフェッション・リベラルは大学が養成している。このパラレリスムは19世紀末の大学の復活以来のものだが,戦後の学生の急増のもとでは「不公平」なものとなっている。

 第2の特徴は,フランスの大学の学士課程(リサンス(フランス))は3年制で,1年度からディシプリンごとに分かれた一般教育が行われていることだろう。法学,医学,薬学のような職業専門の学部(UFR)を除けば,それは自由な知的探求のためのものである。その3年目にはグランド・ゼコールの受験に失敗したCPGEの学生も編入を許される。しかし職業教育をおこなうIUT(フランス)(技術短期大学部)のような2年制の短期コースが大学に付設されたことで,大学も変わってきた。現在の大学のリサンスの3年目には,多様な職(メチエ)への就業に配慮した「職業専門学士課程(フランス)」も設置され,IUTの修了者もそこに進学できるようになっている。

 さらに第3の特徴として,全国レベルで研究者たちの活動を統括するCNRS(国立科学研究センター(フランス))のような機関が存在することが挙げられる。大学の教員は教育と研究のいずれにも従事するが,それらの機関の研究者は教育には従事しない。それゆえ研究は彼らによってリードされている。かくして大学は,教育においてはCPGEやグランド・ゼコールに,研究においてはCNRSにお株を奪われるという傾向にある。

 しかし,これが第4の特徴だが,すべての市民に開かれた知の空間としての大学というアイデンティティは,いまだにフランスの大学に保たれている。大学の周辺には,中世においてはユマニストやゴリアルド,19世紀末においては「知識人」が存在した。そういった伝統は今でも学問の自由(そしてそれを守るための政治参加)を尊ぶ気風のなかに生きている。

[大学のフランスモデルとEU]

グランド・ゼコール(エコール・スペシアル)のモデルは,オーストリア・ハンガリー帝国やロシア帝国の専制君主によっても採用された。また帝国大学(フランス)(ユニヴェルシテ・アンペリアル)は,ナポレオンの征服にともないイタリア,スペイン,ベルギー,ドイツ・ラインラント地方にも拡大した。しかしプロイセンはナポレオンへの抵抗のなかでベルリン大学を創設し,ドイツ大学モデルの大学モデルを確立している。ナポレオンの失脚のあとは,そのドイツモデルがヨーロッパや北アメリカ大陸にも拡がることになる。

 日本の明治政府もドイツとフランスの制度を参照しながら教育制度を整備している。全国を学区に分けた中央集権的なシステムはナポレオンのユニヴェルシテ・アンペリアルのものだし,日本の帝国大学を形成するそれぞれの学部は,国家の官僚やエリートを養成するグランド・ゼコールのような専門学校にほかならなかった。市民の啓蒙という理念はむしろ,大学令(1919年)によって新たに大学となる私立および官立の専門学校,そして第2次世界大戦後の新制大学によって担われることになる。

 ところでフランスは19世紀末に大学を再生させるときに,ドイツの大学モデルを参照した。普仏戦争に敗北したフランスは,中世以来の大学が残るイングランドよりも,近代の大学を発展させたドイツのモデルを選んだ。それはフランスにそのまま根づいたわけではなかったが,ドイツの大学モデルがその初源の姿で紹介されたことの意義は大きい。上級ブルジョワジーと貴族階級のためのものであったフンボルト・モデルの大学は,フランスでは自由な市民や知識人をはぐくみうるモデルに生まれ変わっている。

 ジャン=フランソワ・リオタール,J-F.は,知のドイツモデル(思惟の自律)とフランスモデル(民衆の解放)はいずれもモダンな物語であって,19世紀末以降はもはや失効していると述べた。しかしフランスで蘇ったカント以来のドイツモデル(それ自体がルソーを批判的に継承している)は,「ポスト・モダン」の大学モデルがいまだ存在しない(あるいはアングロ・サクソン系の大学が世界大学ランキングで君臨している)今の世界において,EU統合の試金石となりうるものだろう。ボローニャ・プロセスによって形成された「ヨーロッパ高等教育圏」には,大学の理念をめぐる簡単には乗り越えられない不一致も存在している。ユーロの導入で始まり,イギリスがいま離脱しようとしているEUが,たんなる自由貿易の交易圏にとどまらないためには,大学やジャーナリズムを介して理念上の空間としてのヨーロッパを創ることが求められる。フランスの大学はすべての市民(あるいは民衆)に開かれているという意味で,それにふさわしいモデルと言えるのである。
著者: 岡山茂

参考文献: ジャン=フランソワ・リオタール著,小林康夫訳『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』風の薔薇,1986.

参考文献: Christophe Charle, La République des universitaires 1870-1940, Seuil, 1994.

参考文献: アレゼール(高等教育と研究の現在を考える会)編,岡山茂・中村征樹訳「危機にある大学への診断と緊急措置」,アレゼール日本編『大学界改造要綱』藤原書店,2003.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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