プリンスオブウェールズ(その他表記)Prince of Wales

翻訳|Prince of Wales

デジタル大辞泉 「プリンスオブウェールズ」の意味・読み・例文・類語

プリンス‐オブ‐ウェールズ(Prince of Wales)

英国皇太子称号。「ウェールズ君主」の意。 →カナーボン城

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精選版 日本国語大辞典 「プリンスオブウェールズ」の意味・読み・例文・類語

プリンス‐オブ‐ウェールズ

  1. ( [英語] the Prince of Wales )
  2. [ 1 ] 〘 名詞 〙 英国の皇太子の称号。
  3. [ 2 ] 昭和一六年(一九四一)太平洋戦争勃発直後にマレー沖で、旧日本海軍航空隊の攻撃を受けて沈没した英国東洋艦隊の旗艦の名。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プリンスオブウェールズ」の意味・わかりやすい解説

プリンス・オブ・ウェールズ
Prince of Wales

イギリス海軍のキング・ジョージ5世級戦艦の2番艦。 1941年3月キャメル・レアード社で竣工。完成直後,北海でドイツ戦艦『ビスマルク』と交戦し被弾。修理を終え同年 11月,巡洋戦艦レパルス』とともにイギリス東洋艦隊に編入。まもなく日本艦隊を追ってシンガポールを出港し,12月 10日,日本海軍機の攻撃を受けてマレー半島クアンタン沖で『レパルス』とともに沈没した。知らせを受けたイギリス首相チャーチルは,ショックのあまり自室に引きこもったという。主要目は,基準排水量3万 6727t,全長 227.1m,最大速力 28kn,主砲 35.6cm4連装砲2,35.6cm連装砲1,13.3cm連装両用砲8,40mm8連装ポンポン砲4,水上偵察機2。

プリンス・オブ・ウェールズ
Prince of Wales

イギリス皇太子の称号。ウェールズ大公と訳される。イングランド王エドワード1世がウェールズ征服後,その地を国王直轄地とし,1301年ウェールズで生れた王子 (のちのエドワード2世) をプリンス・オブ・ウェールズに叙したことに端を発する。次の国王エドワード3世も長男エドワード (黒太子) およびその子リチャード (のちのリチャード2世) にこの称を与え,15世紀以降国王の長男で第1位王位継承権者 (皇太子) がこの称を受ける慣習が成立した。

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デジタル大辞泉プラス 「プリンスオブウェールズ」の解説

プリンス・オブ・ウェールズ

①《Prince of Wales》イギリス海軍の戦艦。クイーン級(フォーミダブル級の改良型)。名称はのちの英国王、ジョージ5世の称号から。1902年進水、1904年就役の前弩級戦艦。地中海艦隊、大西洋艦隊、本国艦隊などに配備。1919年退役。
②《Prince of Wales》イギリス海軍の戦艦。キング・ジョージ5世級(2代目)。1939年進水、1941年就役の超弩級戦艦。1941年8月、イギリス首相チャーチルとアメリカ大統領ルーズベルトによる大西洋憲章の調印の場となる。その後東洋艦隊に派遣。12月のマレー沖海戦において、日本海軍戦闘機の攻撃により沈没。

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百科事典マイペディア 「プリンスオブウェールズ」の意味・わかりやすい解説

プリンス・オブ・ウェールズ

英国皇太子の称号。英国王エドワード1世がウェールズを征服した後,1301年その地で生まれた長子(後のエドワード2世)にこの称号を与えたのに始まる。

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世界大百科事典(旧版)内のプリンスオブウェールズの言及

【ベーリング海峡】より

…アジア大陸東端のチュコート半島デジニョフ岬と北アメリカ西端のプリンス・オブ・ウェールズ岬の間にある海峡。北極海と太平洋(ベーリング海)とをつなぐ。…

【チェック】より

…ディストリクト・チェックはほとんどチェビオット種の羊毛を中心に使用し,綾織で製織後,縮絨を施す。多くの種類とそのバリエーションがあるが,おもなものに,シェパード・チェック,グレン・フェシー,グレン・アーカート,コイガッハ,ロバット,プリンス・オブ・ウェールズなどがある。 (1)シェパード・チェックshepherd check 18世紀後半,新興土地所有者がハイランドに牧羊を導入し,そのためにボーダー地区の羊飼いたちを雇用した。…

【ウェールズ】より

…しかし1170年ころからヘンリー2世はアイルランド征服に着手するため対ウェールズ懐柔策に転じ,南ウェールズの首長リースに率いられた諸首長は,イングランドとの友好関係に入ることになった。 13世紀に入ると,大首長と称されたルーウェリン・アープ・イオーワースがウェールズの大半を勢力下に収め,イングランドのジョン王およびヘンリー3世を悩ませたが,13世紀半ばその庶子グリフィズの子ルーウェリン・アープ・グリフィズが台頭,イングランドの内紛を機にウェールズ全土に覇権を樹立し,はじめて〈プリンス・オブ・ウェールズ〉を称した。彼はしばしばイングランドを脅かしたので,ヘンリー3世をついだエドワード1世は1277年および82年の再度にわたってルーウェリンを討伐,ついに彼を敗死させ,ウェールズ各地の反乱を鎮定して全土を支配下に収めた。…

【カーナーボン】より

…このときにカーナーボン州をはじめ6州が定められ,ここに大カーナーボン城を築いた。のちのエドワード2世はここで生まれ,1301年初代のプリンス・オブ・ウェールズ(イギリス皇太子)に任ぜられた。またここは18世紀末から19世紀に,非国教会の礼拝所が多数たてられ,急進主義宗教運動の一中心地となった。…

※「プリンスオブウェールズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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