古代ギリシアの哲学者。小アジアのイオニア地方の町エフェソスの王家に生まれる。高邁(こうまい)であったが傲岸(ごうがん)。同時代のエフェソス市民をはじめホメロス、ヘシオドス、ピタゴラス、クセノファネスといった詩人や哲学者を痛罵(つうば)した。『ペリ・フュセオース』(自然について)とよばれる著作は、宇宙、政治、神を扱う3部に分かれていたらしいが、散逸して、残っているのは断片ばかりである。宇宙には相反するものの争覇があって、あらゆるものはこうした争覇から生じる。したがって、「戦いは万物の父、万物の王」である。しかし、こうした争覇のうちに秘められた調和、「反発的調和」(パリントロポス・ハルモニエー)をみいだすことができる。これが世界を支配するロゴス(理法)であって、こうしたロゴスの象徴として火が想定される。火は転化して水となり、水は土となる(下り道)。土は水となり、そして水は火に還(かえ)る(上り道)が、「上り道も下り道も一つであって同じものである」。二つの道は相反しているものの、全体としては調和が保たれており、この世界は「つねに活(い)きる火としてほどよく燃えながら、いつもあったし、あるし、あるであろう」と説いている。こうした思想を、彼は短い箴言(しんげん)風の文体で書きつづったが、それは晦渋(かいじゅう)を極め、「闇(やみ)の人」とか「謎(なぞ)をかける人」といったあだ名を与えられた。
[鈴木幹也 2015年2月17日]
『田中美知太郎訳『ヘラクレイトス』(『世界文学大系63 ギリシア思想家集』所収・1965・筑摩書房)』
ギリシアの哲学者。生没年不詳だが,前500年ころがその活動の盛期とされる。エフェソスの王家の出身。火を万物のもとのものとし,その万物は変化してやまぬと説いた哲学者とされてきたが,いわゆる〈すべては流れる(パンタ・レイpanta rhei)〉という有名な言葉もプラトンやアリストテレスの批判的解釈を継承したシンプリキオスの言葉であって,彼自身の直接の発言ではない。火や流動についてもたしかに述べてはいるが,それは彼の哲学の一面であって,もっとも重要なのは〈ロゴス〉についての考えである。〈事実,すべてはこのロゴスにしたがいて生ずるにもかかわらず,人々はなお,そを経験せざる者のごとし〉(断片1)。〈われに聴かずにロゴスに聴きて,ロゴスに従いつつ,すべては一なりと述べるこそ賢かりけれ〉(断片50)。
例えば彼は,弓や琴のような日常的な小道具を手がかりにしてそのロゴス支配の事態を説明しようとする。弓の弦や琴の弦は二つの逆方向に働く力の結合によって成立するが,このような対立的なものの統一的結合という理法こそが彼の強調するロゴスである。その対立的な面に注目して,彼はまたロゴスを比喩的に〈戦い〉と呼ぶ。〈戦いは万物の父,万物の王なり〉(断片53)。こうしたロゴスの支配は人事の場面のみならず,ひろく全宇宙に及んでいる。昼と夜とは明暗の形で対立し,人々はその区別にこだわるが,実は昼は夜に,夜は昼になるのであって,その過程を通じて両者は結合して一体をなしているのである。また,火と水,水と土とはそれぞれ対立して異なるが,実は火は水に,水は火に転化し,水は土に,土は水に転化する。この宇宙論的転化の過程に注目すれば,やはり火も水も土も〈一なり〉という道理が理解されるはずなのである。だが彼のいうその道理,すなわちロゴスは人々に理解されなかった。そこに彼のいらだちと孤独があった。〈大多数の輩(やから)はさながら家畜のごとく飽食するなり〉(断片29)。
執筆者:斎藤 忍随
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前550頃~前480頃
ギリシアの哲学者。火を万物の基とし,いっさいは生成の流れのなかにあるとしたが,そういうすべてのものは互いに対立するように見えても,実際は密接なつながりを持つという思想を箴言(しんげん)の形で説いた。
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…コロフォン市に生まれ,シチリアに移住したクセノファネスもこの派に入れられることがあるが,彼がイオニアの宇宙論に精通していたことは疑いえない。エフェソス市生れのヘラクレイトスもこの派に数えられることがあるが,〈相対立するものの調和〉の思想を唱えた彼は,原初的物質の考えを自身のうちになおとどめるとはいえ,物質的一元論の限界を超えており,すでに古代の学説史家の間でもこの派に入れるのは疑問とされている。この学派の特徴は実質上ミレトス学派によって代表されるとみられる。…
…さらにアナクシメネスは無限な〈空気〉をアルケーとし,これが〈濃厚化〉したり〈希薄化〉することによって万物が生ずると考え,はじめて生成変化の起こるしかたを示した。このミレトスの生成の自然学は,〈火〉をアルケーとして〈万物流転〉を説いたエフェソスのヘラクレイトスにより一般化され,すべてのものは〈上り道〉(地→水→空気→火)と〈下り道〉(上と反対の変化)の過程にあるとされた。 しかしこのようなイオニアの生成変化の考え方は,イタリアのエレア出身の思索家パルメニデスの〈存在〉の論理の批判の前に一つの危機に逢着する。…
…この語の動詞に当たる語はlegeinで〈話す〉〈語る〉を意味し,これに対応するラテン語のlegere,ドイツ語のlesenはともに〈読む〉を意味するが,この三つの動詞に共通の基本的意味は〈集める〉である。もし集めることが乱雑な集積を意味せず,秩序ある取りまとめ,すなわち統一を意味するとすれば,そういう意味にしたがってロゴスという語を使用した最初の哲学者はヘラクレイトスである。彼にあってはロゴスとは,逆方向に働く二つの力を統一して一本の琴の弦にする理法であり,あるいは昼と夜とを一つに結合する理法のことであった。…
※「ヘラクレイトス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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