日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘンシュ」の意味・わかりやすい解説
ヘンシュ
へんしゅ
Theodor W. Hänsch
(1941― )
ドイツの物理学者。ハイデルベルク大学卒業、同大で物理学博士号取得。マックス・プランク量子光学研究所長。2005年、「レーザーによる高精度分光学の発展への貢献」により、ホールとともにノーベル物理学賞を受賞した。「光干渉性の量子理論への貢献」が認められたグラウバーも同時受賞した。
光は波なのか粒子なのかという問題について、20世紀初頭から物理学界は論争を繰り返していたが、アインシュタインは、光は電子と同じ粒子であり、しかも波でもあるという新しい説を示した。この波動と粒子の二重性によって量子力学が誕生した。1960年に開発されたレーザー光は、振動数が光に近い周波数であり、短波長で位相のそろった光である。レーザーを利用して原子や分子を計測したり、きわめて短い時間の測定ができるようになった。しかしレーザーにはわずかな揺らぎがあるので、超精密な測定では誤差を生んでしまう。グラウバーは量子力学を基礎にして、揺らぎも含めたレーザーの基本的な性質を科学理論として説明することに成功し、量子光学という新しい学問を創設した。
ヘンシュとホールは、グラウバーが築いたこの基礎理論をもとに、揺らぎの少ないレーザーに特殊な処理を行って、さまざまな周波数のレーザーをつくった。とくに周波数ごとに等間隔で櫛(くし)状に並べる「光周波数コム(光コム)技術」をつくり、レーザーの周波数を高精度に測定できる手法を開発した。この開発によって、性質のよくわかっているレーザーを基準にして、わかっていないレーザーの周波数を正確に測定することも可能になった。この研究は、きわめて正確に時間を計ることができる時計の開発や全地球測位システム(GPS)の精度を向上させることなどに貢献すると考えられる。
[馬場錬成]