改訂新版 世界大百科事典 「ヘーリアント」の意味・わかりやすい解説
ヘーリアント
Heliand
830年ごろ,古低地ドイツ語(古ザクセン方言)で書かれた5983行の頭韻叙事詩。作者不明。〈救世主〉を意味する題名は,最初の校訂者シュメラーJ.A.Schmellerが1830年に与えたもの。16世紀に発見されたラテン語序文によれば,ルートウィヒ1世(敬虔王)の命によって,あるザクセンの詩人がキリスト教布教の一助として書いたという。内容はおもにタティアノス(2世紀)の《ディアテッサロン》とラバヌス・マウルスの《マタイ伝注解》に基づいたキリスト伝であるが,頭韻長行の韻律形式のみならず,キリストを〈頭領〉〈王〉,十二使徒を〈重臣〉とするなど,ゲルマン英雄叙事詩の伝統を継承しており,作者が低地ザクセン人の一般的趣向に合わせて作詩した様子がうかがわれる。この点,数十年後に成立したオトフリートの《福音書》と対照的である。とはいえ,ゲルマン的要素はほぼ用語法,文体に限られ,中心思想はあくまでも山上の垂訓に代表されるキリストの教えである。詩型,内容ともにアングロ・サクソン文学の影響が推測される。
執筆者:石川 光庸
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