ロシアの詩人,小説家,批評家。本名ブガーエフBoris Nikolaevich Bugaev。モスクワ大学の数学教授の家に生まれ,みずからもモスクワ大学数学科を卒業した。早くからニーチェ,V.S.ソロビヨフなどの影響を受け,詩人として出発し,ブローク,V.I.イワーノフとともに後期ロシア象徴派の中心的存在として活躍した。
初期の詩集には《るり色の中の黄金》(1904),《灰》(1909)など,評論集に《象徴主義》(1910)などがあるが,並行して,ワーグナー,グリーグの影響のもとに音楽の技法を文学に取り込もうとした《北方交響楽》(第1,英雄的。1903)をはじめとする4編の,いずれも《交響楽》と名付けられた野心的長編散文詩が書かれた。この試みは,ロシアにおける東洋と西洋の対立をあつかった,ゴーゴリの影響著しい《銀の鳩》(1909),最大の傑作《ペテルブルグ》(1913-14)などの小説作品に受け継がれることとなった。このころからR.シュタイナーの人智学の運動に対する関心が強まったが,1917年の十月革命に対しては,ロシア・メシアニズムの立場から共感を寄せ,長詩《キリストはよみがえりたまいぬ》(1918)を発表した。シュルレアリスム的自伝的小説《コーチク・レターエフ》(1922),自伝的長詩《最初の出会い》(1921)などを書いた後,一時ベルリンに亡命したが,まもなく帰国し,孤立した中で,《モスクワ》(1926)などの小説,《二つの世紀の境にて》(1930)などの回想記,《弁証法としてのリズムと〈青銅の騎士〉》(1929),遺作《ゴーゴリの創作技巧》(1934)などの批評作品を相次いで発表した。壮大な実験精神に貫かれた散文作品群は,ザミャーチン,ピリニャーク,〈セラピオン兄弟〉をはじめ多くの作家に強い影響を及ぼし,また,奇想と数学的・具体的例証に満ちた批評の仕事は,ロシア・フォルマリズムの成果を先取りするものとなっている。
執筆者:長谷見 一雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ロシア・ソ連の詩人、小説家、批評家。本名ボリス・ニコラーエビチ・ブガーエフБорис Николаевич Бугаев/Boris Nikolaevich Bugaev。モスクワ大学の数学教授の家に生まれ、自身もモスクワ大学数学科を卒業した。学生時代からソロビヨフ、ニーチェの哲学的影響を受け、詩人、批評家として出発し、ブローク、ビャチェスラフ・イワーノフとともに、ロシア象徴派の第二世代を代表する存在と目された。初期の詩集に『るり色の中の黄金』(1904)など、評論集に『象徴主義』(1910)などがある。しかしその本領は小説の分野でもっともよく発揮された。ワーグナーなどの影響下に音楽の技法を文学に取り入れようとした「交響楽」とよばれる一連の散文詩は、詩から散文への移行の過程を証言する野心的習作であり、この試みを受けて、ゴーゴリ、ドストエフスキーの伝統のうえにたつ、ロシアにおける東洋と西洋の対立を扱った長編『銀の鳩(はと)』(1909)、ナボコフが「20世紀散文中の最大傑作」の一つに数えた長編『ペテルブルグ』(1913~14)が書かれた。ルドルフ・シュタイナーの人智(じんち)学への関心を強め、運動に参加するのもこの時期である。しかし、1917年の革命に対しては、ロシア・メシアニズムの立場からの共感を表明し、長詩『キリストは蘇(よみがえ)り給いぬ』(1918)を発表した。その後、自伝的小説『魂の遍歴』(原題『コーチク・レターエフ』1917~18)、自伝的長詩『最初の出会い』(1921)などを発表するかたわら、プロレタリア系作家のための講義を行うなど活躍したが、一時ベルリンに亡命し、帰国後は孤立したなかで長編『モスクワ』(1926)などの小説、数々の回想記、評論を発表し、最後まで旺盛(おうせい)な執筆活動を続けた。小説家としての仕事は数多くのソビエト作家、亡命作家に強い影響を与え、また批評家としての仕事はロシア・フォルマリズムの成果を先取りするものとされている。
[長谷見一雄]
『川端香男里訳『魂の遍歴』(『20世紀のロシア小説5』1973・白水社)』▽『川端香男里訳『ペテルブルグ』(『世界文学全集82』所収・1977・講談社)』▽『小平武訳『銀の鳩』(『集英社版世界の文学3』1978・集英社)』
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