1910年代半ばから20年代末にかけてロシアの若手研究者や言語学者を中心に展開された文学運動。ロシアでは単に〈フォルマリズムformalizm〉と呼ぶ。〈文学ではなくて,文学性,つまりある作品をして文学作品たらしめているもの〉こそ文学研究の対象とすべきであると主張した。おもなメンバーとしては,1915年に設立されたモスクワ言語学サークルのヤコブソン,ボガトゥイリョフP.G.Bogatyryov(1893-1971),1916年に設立されたオポヤーズ(詩的言語研究会)のシクロフスキー,エイヘンバウム,トマシェフスキー,トゥイニャーノフらがあげられる。彼らは,それまでの文学研究が文化史や社会史,あるいは心理学や哲学に依拠していることを批判するとともに,文学作品を自立した言語世界としてとらえ,言語表現の方法と構造の面から文学作品を解明しようとした。すなわち,〈何が〉書かれているかではなく,〈いかに〉書かれているかがまず問題とされた。シクロフスキーの言を借りれば,芸術の目的は事物を異化・非日常化することにあり,知覚を困難にし長びかせるのが芸術の手法である。すなわち〈手法こそが唯一の主人公〉であった。フォルマリストたちのこのような見解は,当時の未来派のザーウミzaum’(超意味言語)による詩やキュビスムの絵画と密に関連している。具体的な成果としては,詩の分野に関するものが中心をなしているが,散文に関してもプロット構成の手法,語り,パロディなどの分析に注目すべきものが少なくない。また,文学史に関しても独特な所説を残している。
フォルマリズムは,20年代半ばより反マルクス主義として厳しい非難をあびるようになり,その見解も一時のような極端さを解消していくが,結局は政治的に弾圧された。30年代には,文学のみならず映画,演劇,音楽に携わる者までも〈フォルマリズム〉を口実に非難されるようになる。しかし,〈詩的言語〉論に代表されるロシア・フォルマリズムの遺産はプラハ言語学派に受け継がれ,のちに構造主義の先駆として再評価されるようになる。一方,バフチンの著作活動や現在のロシアにおける〈モスクワ・タルトゥ学派〉の記号学への影響が看取される。
→記号 →詩学 →文学理論
執筆者:桑野 隆
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1910年代なかばから20年代末にかけて、ロシアで文学研究者や言語学者たちが中心となって展開した運動。文学作品を自立した言語世界としてとらえるとともに、言語表現の方法と構造の面から文学作品を解明することで、文学固有の批評原理の確立を目ざしていた。おもなメンバーとしては、「オポヤーズ」(詩的言語研究会)のシクロフスキー、エイヘンバウム、ティニャーノフ、トマシェフスキー、モスクワ言語学サークルのヤーコブソン、ボガティリョフらがあげられる。ヤーコブソンが、「文学に関する学問の対象は文学ではなくて、文学性、つまり、ある作品をして文学作品たらしめているものなのである」と述べているように、彼らは、それまでの文学研究が文化史や社会史、あるいは心理学や哲学に拠(よ)っていることに激しく反発した。文学作品のこのような自律性の強調は、当時の未来主義者のザーウミ(超意味言語)による詩、キュビスムの絵画などと軌を一にするものであり、「何が」書かれているかではなく、「いかに」書かれているかが、まず問題であった。またシクロフスキーは、芸術の目的は事物を異化・非日常化することにあり、芸術の手法は知覚を困難にし長引かせることにあるとも述べている。いわゆる内容ではなく、こうした手法への着目は、当初、言語学との緊密な結び付きをもたらし、日常言語と区別された詩的言語の研究が活発に進められた。具体的な成果としては、詩の分野に関するものが多いが、散文に関してもプロット構成の手法、語り、パロディーなどの面で注目すべきものが少なくない。シクロフスキーやティニャーノフの文学史論、さらにはプロープの『昔話の形態学』(1928)も見逃せない。
初期に特徴的であった宣言めいた過激な主張は、やがてティニャーノフ、ヤーコブソンらの著作を通して、他の文化系列、生活系列、社会系列との関係をも組み入れたものに変わってゆく。しかし、そのような変化も、1920年代なかばから激しさの度を増していった「反マルクス主義である」との批判、非難についに抗しきれず、挫折(ざせつ)を余儀なくされている。このフォルマリズム狩りは、のちに映画、演劇、音楽にも及んでゆく。しかしロシア・フォルマリズムの成果は30年代後半のプラハ構造主義に批判的に継承されるとともに、やがて60年以降の構造主義、記号学の発達のなかで、世界的に注目を集めることになる。また当のロシアでもペレストロイカ後は、再評価の作業が着実に進められてきている。
[桑野 隆]
『桑野隆・大石雅彦編『ロシア・アヴァンギャルド6・フォルマリズム(詩的言語論)』(1988・国書刊行会)』
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…これが〈アイロニー〉であるとされた。このとらえ方は文学の本質を言語レベルで定義せんと試み,〈異化〉された言語を詩的言語とみなした〈ロシア・フォルマリズム〉の文学理論の系統に属するものといえよう。【川崎 寿彦】。…
…1916年ごろロシアのペトログラードで成立した〈詩的言語研究会〉のことで,詩学と言語学を根底に置くロシア・フォルマリズムの批評運動の一翼を担ったグループ。V.B.シクロフスキー,B.M.エイヘンバウム,Yu.N.トゥイニャーノフ,ヤクビンスキーL.P.Yakubinskii(1892‐1945),ポリワーノフE.D.Polivanov(1891‐1938)らが参加。…
…彼のセミオロジーは現代ブルジョア文明の非神話化の企てから始まったが,初期の静態的な構造分析はのちに〈構造化〉への注目に取って代わられ,記号論的色彩を強める。バルトの方法論の源泉となった,フランスで活躍するブルガリア生れの記号論学者クリステバJulia Kristeva(1941‐ )は,ロシア・フォルマリズムよりもM.M.バフチンの対話と交流の思想やフロイト主義の影響のもとにテキスト相互連関性などの概念を発展させ詩的言語理論を展開するが,彼女は父性原理としての法,言語を批判して母性原理としての無意識の解放を主張する。また文学以外では経済学の批判としての経済人類学が文化人類学の影響のもとに著しい展開を見せ,在来の生産中心主義の経済思想から一転して交換と消費の新しい思想を生み出した。…
…〈詩〉あるいは〈詩〉の創作にかかわる研究・分析・論考をさす言葉。ただしここでいうところの〈詩〉とは,狭い意味でのいわゆる詩ばかりではなく(このような比較的狭い範囲のものを扱う場合には,〈詩法〉〈詩論〉の用語もしばしば用いられる),文学一般,さらにロシア・フォルマリズムの登場以後の現代においては,まったく違う視座から,芸術全般,文化全般をも含むものとなっている。そのような意味での今日における詩学とは,文化の,あるいは文化の創生にかかわる構造,あるいは〈内在的論理〉とでもいうべきものの解明の学になっているといってもよかろう。…
※「ロシアフォルマリズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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