改訂新版 世界大百科事典 「ホオヒゲコウモリ」の意味・わかりやすい解説
ホオヒゲコウモリ (頰髭蝙蝠)
whiskered bat
翼手目ヒナコウモリ科の哺乳類の1種。広義にはホオヒゲコウモリ属Myotisのコウモリの総称。この属は翼手目の中でもっとも広く分布し,種数も多く約100種,ヒナコウモリ科の約1/3に達する。すなわち,分布は極地および大洋島の一部を除く地域の亜寒帯から熱帯に及び,森林から砂漠,森林限界まで生息する。日本では北海道から屋久島まで分布するが,伊豆,小笠原,奄美,沖縄および八重山の各諸島には産しない。日本には12種,日本産コウモリ類の約1/3を占める。ヒナコウモリ科の中でもっとも原始的な属で,最小種は中国南部,インド北部,マレー半島に分布する体重2~2.5gのヒマラヤホオヒゲコウモリM.siligorensis,最大種はヨーロッパ南西部からシリアにかけて分布する体重18~45gのオオホオヒゲコウモリM.myotisである。
本属の学名は耳がネズミに似ることに由来するもので,耳介はハツカネズミのように膜状で細長く,左右のものが離れる。耳珠(じしゆ)は細長く,耳介の1/2あるいはそれ以上に達する。頭胴長35~100mm,前腕長28~70mm。歯は38本で翼手類中もっとも多い。日本のものは翼が赤褐色で黒色の斑紋がある美しいクロアカコウモリ類,腿間(たいかん)膜の後縁に毛をもつノレンコウモリ類,後足が大きいモモジロコウモリ類,後足が細いホオヒゲコウモリ類の4亜属に分類される。ねぐらとする環境はきわめて変化に富み,森林,低木林,マングローブ林,丈が高い草やぶ,洞窟,海食洞,廃坑などである。単独,数匹,20匹または100匹以上ですむが,冬眠,出産,保育の集団は大きく,9万匹を超えることがある。妊娠期間は50~70日,多くは1産1子である。おもに昆虫を捕食するが,小魚や水生の甲殻類を捕食する種もある。
狭義のホオヒゲコウモリM.mystacinusは後足の小さい,ホオヒゲコウモリ亜属の代表種で,チベット,ヨーロッパからモロッコにかけて分布する。頭胴長38~50mm,前腕長32~37mm。吻部(ふんぶ)はやや膨大し,短毛を密生し,側膜は後足の指の基部に付着する。全身暗褐色。夏は森林を好み,冬は洞窟または廃坑などで冬眠する。地上1.5~4.5mの低空をゆっくり羽ばたきながら飛ぶ。本州にはこれに酷似したシナノホオヒゲコウモリM.hosonoi(長野),フジホオヒゲコウモリM.fujiensis(中部および東北地方),オゼホオヒゲコウモリM.ozensis(尾瀬,富士),北海道には小型のヒメホオヒゲコウモリM.ikonnikoviおよび耳介が長いウスリホオヒゲコウモリM.gracilis,1984年記載のエゾホオヒゲコウモリM.yesoensisなどを産し,いずれも原生林にすむ。
執筆者:吉行 瑞子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報