ボルヒャルト(その他表記)Rudolf Borchardt

改訂新版 世界大百科事典 「ボルヒャルト」の意味・わかりやすい解説

ボルヒャルト
Rudolf Borchardt
生没年:1877-1945

ドイツの詩人東プロイセンに生まれ,出自はユダヤ系だが,中年以後はだいたいイタリアに住み,その地で死んだ。南ヨーロッパの厳格な古典様式に対する渇仰が,生涯と作品を通じて一貫していることは確かだが,北ドイツ育ちのユダヤ人らしい暗鬱夢想と狂熱がこの渇仰に伴っていて,一種奇異な混合様式の印象を生み出している。最初の文学的達成《ヨラム書》(1907)は,ルター訳聖書文体で旧約的世界の再創造をめざした物語だが,同年の《田園の館》以降の一連の地誌的エッセーでは,神聖ローマ帝国の伝統にひたされた南国風土の輝きを,力強い文章で顕彰している。資質と志向との矛盾や不調和は,ホフマンスタールゲオルゲなど同時代の詩人としばしば確執を生む因となったが,矛盾を抱えこんだままあくまで完ぺきな形式を追究する言語芸術の試みは,特に詩においてきわめて高度な表現の緊張をもたらしている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ボルヒャルト」の意味・わかりやすい解説

ボルヒャルト
ぼるひゃると
Rudolf Borchardt
(1877―1945)

ドイツの詩人、エッセイスト、翻訳家、文化史家。東プロイセンのケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)の古い家系の出身。早くから文学に傾倒ベルリン、ボン、ゲッティンゲン各大学で古典文献学、考古学を学ぶ間、イギリス、イタリアへも遊学。ゲオルゲ、ホフマンスタール、R・A・シュレーダーとも親交を結ぶ。ギリシア、ローマ、中世のヨーロッパ文化遺産の源泉をくんだ文化と文学の「創造的復古」(1927演説)が早くからの目標で、厳格な伝統的詩形による詩作、『ヴィラ』(1907)や『ピサ』(1938)など文化史的主著の断片をなすエッセイ、ダンテの『新生』『神曲』の卓抜な翻訳(1922)などにより、その実現を企てた。

[高辻知義]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ボルヒャルト」の意味・わかりやすい解説

ボルヒャルト
Borchardt, Ludwig

[生]1863.10.5. ベルリン
[没]1938.8.12. パリ
ドイツのエジプト学者。ベルリン博物館のエジプト部で働き,A.エルマンの指導を受けたのち,カイロのエジプト国立博物館で G.マスペロを助けて『カイロ博物館総合目録』を刊行。 1907年,ドイツ考古学研究所を設立し,長く所長をつとめた。アブグラブの太陽神殿,アブシールのピラミッド,アマルナの発掘に従事し,特に建築史と編年に造詣が深かった。彼がアマルナで発見した彫刻家トトメスの家出土の彫刻類は,ベルリン博物館の至宝である。

ボルヒャルト
Borchardt, Rudolf

[生]1877.6.9. ケーニヒスベルク
[没]1945.1.10. トリンス
ドイツの詩人,作家。 1904年以後大半をイタリアで過す。初めゲオルゲ派に属していたが,のち離脱。ホーフマンスタールとは終生親交を保った。ヨーロッパの伝統の再興を目指し,古典的形式の詩を書いたが,本領は散文にあり,物語『ヨーラムの書』 Buch Joram (1907) ,エッセー『ホーフマンスタールについて』 Rede über Hofmannsthal (05) ,『ビラ』 Villa (08) ,『ピサ』 Pisa (38) などがある。

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