高知県中央部、土佐湾に臨む市。高知市の東側に位置する。1959年(昭和34)後免(ごめん)町と香長(かちょう)、野田、岡豊(おこう)、岩の4村、介良(けら)村の一部が合併して市制施行。旧長岡、香美両郡にまたがり、南部は高知平野の中央部、北部は山間部となっている。平野部は物部(ものべ)、国分(こくぶ)両河川の扇状地性低地と、それに挟まれる舌状の長岡台地に分けられる。かつては米の二期作が行われたが、現在は超早場米、施設園芸、早掘りサツマイモ、小ナスなどを主とする農業が中心。とくに土佐湾沿岸砂丘地は、第二次世界大戦前から野菜の促成栽培が行われた施設園芸先進地。長岡台地面は近世初頭に土佐藩執政の野中兼山(けんざん)が灌漑(かんがい)水路を開削し、郷士を登用して開田化した地で、後免はその市町として開設された。その地名も諸税を免じられたことに由来する。農村を市場とした農機具工業、土佐打刃物(うちはもの)製造のほか、稲生(いなぶ)地区の石灰製造業が伝統的地場産業。南国オフィスパーク、テクノ高知工業団地などもつくられている。
JR土讃(どさん)線、とさでん交通軌道線、国道32号、55号、195号が通じ、高知自動車道南国インターチェンジがある。2002年(平成14)には土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)が開通した。南東部には高知空港(愛称、高知龍馬空港(こうちりょうまくうこう))があり、東京、大阪、名古屋、福岡間などに定期便が就航する。水田地帯に条里遺構がみられ、国指定史跡の土佐国分寺跡、比江廃寺塔跡などがあり、土佐国府は当地に所在したとみられる。ほかに長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)の本拠地であった岡豊城跡(国指定史跡)、四国八十八か所第29番札所の土佐国分寺、第32番札所の禅師峰(ぜんじぶ)寺などがある。そのほか、県立歴史民俗資料館、高知大学の岡豊、物部キャンパスがある。面積125.30平方キロメートル、人口4万6664(2020)。
[大脇保彦]
『『南国市史』全3冊(1979~1982・南国市)』
高知県中東部の市。1959年市制。人口4万9472(2010)。市域は高知平野東部の香長(かちよう)平野から北部の山地にかけて広がり,南は土佐湾に面する。東端を南流する物部川右岸の沖積低地に田村遺跡がある。弥生時代の集落遺跡で,多数の土器,石器とともに水田や環濠の遺構,銅鐸などが発見されている。平野周辺の丘陵には古墳が点在し,平野全域には条里制の遺構がみられる。平野北部,南西流する国分川北岸は古代の土佐国府の地に比定され,近くには国分寺や総社,国司であった紀貫之の邸跡と伝える地がある。また戦国期,土佐を統一した長宗我部元親の居城岡豊(おこう)城があった。近世前期,土佐藩執政野中兼山は郷士を起用して国分川南岸の長岡台地を開発,在郷町の後免(ごめん)町が形成された。後免(御免)の名は諸税を免除する特典を与えられたことに由来する。また舟入(ふないれ)川が開削されて広大な農地を灌漑し,物資が高知城下に運ばれた。肥沃な穀倉地帯で,かつては米の二期作地帯として知られたが,現在はナス,キュウリ,ピーマンなど野菜の促成栽培やタバコ栽培が盛ん。農機具工場などが立地するほか,石灰石の採掘も行われる。篠原(しのはら)は尾長鶏(特天)の原産地として知られる。物部川河口右岸にある高知空港は,旧海軍航空基地を1954年民間空港として開設したもので,83年以来ジェット機が就航している。JR土讃線と国道32号線,55号線,195号線,高知自動車道が通る。
執筆者:正木 久仁
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