フランスの小説家。3月23日、パリ近郊ヌイイの富裕な代訴人の子として生まれ、1905年古文書学校(エコール・デ・シャルト)を卒業。翌年結婚。トルストイの影響を受けて、このころから物に憑(つ)かれたように小説を書き始める。08年処女小説『生成』を刊行するが、ほとんど世の注目をひかなかった。小説家として認められたのは、13年発表の『ジャン・バロア』による。19世紀末に生まれたジャン・バロアの生涯の思想遍歴を対話体だけで著したこの特異な小説は、発表と同時に時代の証言として高く評価されるとともに、それが機縁となってこれまで孤立した立場にあった彼は、『NRF(エヌエルエフ)』(新フランス評論)誌のグループに参加することになる。同じ『NRF』系のアラン・フルニエ、ラルボーといった若い作家とともに、13年の新しい小説を代表する新人の1人に数えられ、以後この文壇嫌いな作家の文学的生涯は、『NRF』とともに歩むことになる。
第一次世界大戦勃発(ぼっぱつ)とともに招集され、4年間従軍、終戦とともに帰還した。彼の関心のことごとくは、新たに書かれるべき大河小説『チボー家の人々』に向けられたといってよい。1920年、彼はこの小説全体の構想を練り上げると、親友ジッドを驚嘆させた緻密(ちみつ)な客観的手法で、この膨大な作品に着手する。22年の『灰色のノート』から29年の『父の死』に至るまで、7年間に全8巻のうち6巻を発表。しかし31年ロアール地方で自動車事故にあった彼は、1年余りの療養生活のうちに構想を変え、未発表の部分すべてを破棄する。こうして再出発後、36年に『1914年夏』を、40年に『エピローグ』を発表して、実に20年余を費やしてこの大作を完成した。この間、37年には『1914年夏』に対してノーベル文学賞が授与されている。20世紀初頭から第一次世界大戦に至る時期の、パリ生活の一大壁画ともいうべき大作を、いかにも古文書学校卒業生らしい精密な資料処理で描ききった彼の以後の生活は、余生ともいえるだろう。
第二次世界大戦の戦中戦後を通じて南フランスに隠棲(いんせい)し、1870年に生まれ1950年に没した一中佐の生涯を回想形式で描く小説『モーモール中佐』Souvenirs du lieutenant-colonel de Maumortに取り組むが、58年8月22日、未完のままオルヌで没した。その遺稿は遺言により4分の1世紀のちの83年公開された。作品には、ほかに戯曲『ルルー爺(じい)さんの遺言』(1914)、中編小説『アフリカ秘話』(1931)、『古きフランス』(1932)、『アンドレ・ジッド』(1951)がある。
[渡辺一民]
『山内義雄訳『ジャン・バロワ』(1958・新潮社)』▽『福永武彦訳『アンドレ・ジッド』(1953・文芸春秋)』▽『井上究一郎訳、金沢公子編『アフリカ秘話』(1965・駿河台出版社)』▽『クロード・エドモンド・マニー著、佐藤朔他訳『現代フランス小説史』(1965・白水社)』▽『中島昭和・鈴木重生訳『アンドレ・ジイド=ロジェ・マルタン・デュ・ガール往復書簡』全四巻(1971・みすず書房)』
フランスの小説家,劇作家。古文書学校卒業生である彼は,早くから科学的な文献収集分類方法を習得し,それに加えてトルストイの《戦争と平和》に強烈な感動を覚えた。後年の小説家の基調はここに定まったといえる。処女作《生成!》(1908)の出版の後,1913年の《ジャン・バロア》はジッドに認められたのみならず,《NRF(エヌエルエフ)》系の文学者たちのおおかたの好評を博した。戯曲風の対話を中心に構成されているこの小説では,ドレフュス擁護派の青年の,科学と信仰,個人的正義と社会の秩序維持の相克の苦悩などが鮮明に描かれている。小説では深刻な時代的問題と格闘した彼であるが,ジャック・コポーとの親交から生まれた戯曲《ルルー爺さんの遺言》(1914),《水ぶくれ》(1928)等は,農村生活を題材にした笑劇である。しかし,今日彼の名を不朽にしているのは,なんといっても輝かしい大河小説《チボー家の人々》(1922-40)であろう。ここでは,20世紀初頭のフランスのさまざまな激動のドラマが歴史の壁画風に描かれている。キリスト教の新旧両教徒の2家族,新旧両世代,正反対の気質の兄と弟,科学的合理主義と革命的ロマン主義などがこの大作のなかで激しくせめぎ合っている。第1次大戦勃発の前後を感動的に描いた大作第7部《1914年夏》(1936)によって,彼は1937年のノーベル文学賞を受けた。遺作《モモール大佐の回想》は未完結で,いまなお未刊である。
執筆者:若林 真
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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