フランスの詩人ロートレアモンの長編散文詩。1869年作。作者没後の1874年刊。悪の化身たるマルドロールを主人公とし、多くの場合歌い手(作者)とする体裁のこの作品は、ロマン主義的な悪と反抗のテーマを極限にまで推し進めたものである。そのためかえって、ロマン主義の、さらにはさまざまな形で用いられている西欧文学の主要作品の組織的、全面的なパロディーの性格が顕著である。孤独な著者の過敏な感受性に映った苦悩と幻想の世界であるが、それでいて古い口承文芸に一脈通じるような、原初的かつ普遍的なイメージに満ちている。
詩(歌)として構想されてはいるが、内容はときに短編小説に近く、ことに「第六の歌」は一種の「小ロマン」として、19世紀的連載小説というジャンルのパロディーである。この作品の言語は、マラルメのそれとともに、19世紀のもっとも革命的な文学言語として最近ますます注目されつつある。
[豊崎光一]
『栗田勇訳『マルドロールの歌』(1960・現代思潮社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…そこには,すでに韻文詩集《悪の華》を制作していた彼が,絶えずそれ自体を相対化し続けるという言語表現の本質を見据えていたことを示すものがあり,まさにそれゆえにこそ,散文詩の提起は近代詩の成立に決定的な意義をもった。 これとほぼ同じころに書かれたロートレアモンの《マルドロールの歌》(1869)はすぐには世に知られなかったが,まもなくランボーとマラルメがそれぞれ独自の形で散文詩の書法をおし進め,ジャコブ,サン・ジョン・ペルス,ミショー,シャールらを経て現代に至る無数の作例が生まれた。フランス以外の国でもドイツ・ロマン派の一部やツルゲーネフなどに散文詩があるが,近代への意識にこれほど深くかかわった例はフランス以外にはない。…
…死後も長く埋もれたままであったが,20世紀に入ってブルトン,アラゴンらのシュルレアリストたちによって激賞されて以来,シュルレアリスムの先駆者として,またランボーと並ぶ天才詩人として一躍有名になった。自費出版の散文詩集《マルドロールの歌Chants de Maldoror》(1869)は,六つの部分から成り,悪の化身マルドロールを主人公に,神への反逆と呪詛,人類への愛と憎悪を激越な言葉で歌い上げているが,そこでは奔放な幻想と数学的な正確さ,深層心理的情念の噴出と即物的表現とがふしぎな一致をみせている。一方,本名で出版された《ポエジー,未来の書の序》(1870)は,一転して善行と信仰をたたえ,絶対的肯定の態度を表明していて,彼の謎の一つとなっている。…
※「マルドロールの歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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