マーケティングの諸問題を調査課題とし,その諸事実を明確にするとともに,意思決定のための基本情報を提供するもので,単なるデータの収集・分析ではなく,市場実査market survey,市場分析market analysisと異なり,問題解決に積極的に貢献するものでなければならない。個別企業におけるマネジメント・ツールとしてのマーケティング・リサーチは,製品ミックスproduct mix(新製品計画,価格決定,銘柄決定,パッケージ問題など),流通ミックスdistribution mix(物的流通,取引流通,販売店対策など),プロモーション・ミックスpromotion mix(人的販売,広告活動,パブリシティなど)に関する諸問題を具体的にとりあげる。そして今日では,これらの諸問題を総合的・効率的に解決するためにマーケティング情報システムmarketing information system(通称MIS)の形態がとられることが多い。MISは,大型コンピューターの出現により意思決定に必要な情報の提供が能率的になったものである。
このような意思決定に必要な情報は,マーケティング・リサーチによるデータの収集が前提になる。そのデータは1次データと2次データに分けられる。前者は実査データ,生データ,フィールド・データとも呼ばれ,調査者がはじめて観察・収集・記録したデータを指し,後者は既存データ,加工データとも呼ばれ,すでに機関や調査者が観察し,収集し,編集したデータを指す。後者での企業の内部データ,政府業界団体データ,調査機関データ,前者の消費者や販売店などを直接調べて得られたデータが,データ・バンクとしてコンピューターに蓄積されることになる。1次データは個別面接法,集団面接法,留置法,郵送法,電話法,深層面接法,観察法などの方法によって集められる。これらのデータを量的に収集する場合には,標本sampleとしての調査対象者を科学的に選ぶことが重要となる。単純無作為抽出法,系統的抽出法,多段抽出法,層化抽出法など,調査対象者を無作為に選ぶ方法が用いられる。抽出される調査対象者数は多ければ無条件によいというものではなく,母集団の性格によって決められてくるものである。問題が限定されている場合,母集団の数は少ないことがあり,この場合,少ない標本数で十分科学的な分析が可能となる。しかし抽出標本数と調査完了標本数とは一致しないのが通常であり,後者が前者の80%を下回る場合,分析結果の精度が損なわれてくることになる。
現代のマーケティング・リサーチは,収集した収集データを統計的手法やモデル解析手法によって分析することが常識になっている。それは百分率,平均値,分散,標準偏差といった数値の算出とその図表化を意味するのではなく,指数化,傾向分析,統計的検定,多変量解析といった統計的手法による分析や,需要予測モデル・市場反応モデル,商圏モデル,流通機能モデル,広告モデルなど,種々のマーケティング計量モデルを用いての分析が含まれる。これらの諸手法は,統計バンクやモデル・バンクでプログラム・ライブラリー化されて設置されていることが多くなっている。しかし一般化された分析プログラムは個々のデータでは適用できにくい場合があり,実際の1次データ,2次データを用いての分析では,データの特性・制約条件を十分考慮して用いなければならない。
マーケティング・リサーチの成立背景は,それが日本に導入された1950年代と現代とでは著しく異なっていることに注目しなければならない。情報の爆発的増加,企業間の競争激化,事業の国際化の進展,技術の急速な進歩といった企業側での諸条件,大衆調査協力度の低下,プライバシー問題の発生,疑似的調査手段の蔓延(まんえん),コンピューターの発達,分析手法の高度化といった調査環境側での諸条件,調査機関の増加,調査方法の多様化,調査対象者抽出におけるコスト増加,調査の分析過程の効率化,継続的調査の定着といったデータ作成側での諸条件--これらの諸条件は,いずれもマーケティング・リサーチの導入期にはみられなかったものである。これからのマーケティング・リサーチは,このような変化条件を正確にとらえ,この前提に立って意思決定のための的確な基本情報を提供していかなければならない(〈マーケット・リサーチ〉〈市場調査〉との関係については〈市場調査〉の項を参照されたい)。
執筆者:奥田 和彦
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(高橋郁夫 慶應義塾大学教授 / 2007年)
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